第11話 完
「お母さん、僕男に戻った」
「そうなの?!でも、お医者さんも安定しない方がいるって言ってたし…今日もお母さん、学校に行こうか?」
「ううん。自分で、先生に言う」
支度を終えて玄関を出ると、梅寿が立っていた。
「梅寿君、おはよう。楓から聞いてると思うんだけど…」
「あ、はい、大丈夫っす。あの、ちゃんと学校連れていくんで、っす」
梅寿はぎこちないうごきのまま楓の母に頭を下げた。楓は梅寿と二人、学校に向かう。
「梅ちゃん、メッセージ送ったけど、僕病院に行って、学校にも話したんだ。先生が、色々配慮してくれるって。隠したままだと、梅ちゃんに迷惑かけちゃうから」
「迷惑、なんて」
「僕、梅ちゃんの負担になりたくない。だから先生に話しして、クラスのみんなにも知ってもらうことにしたんだ」
「…」
梅寿は黙ったまま楓の話を聞いている。
「それでね、この前の話なんだけど…ごめんね、びっくりして、すぐ帰っちゃって」
梅寿はびくんっとすくみあがった。青い顔で楓を見ている。楓は深呼吸をした。
「あのね、僕、今日男に戻ってた」
「戻ったのか?!良かった。良かったな、楓」
梅寿は自分のことのように喜んでくれている。楓は立ち止まった。気づいた梅寿も立ち止まり、二人はお互いに向き合った。
「もう、女の子にはならないかもしれない。梅ちゃんは、それでもいい?」
「いい。俺が好きなのは、楓だから」
梅寿は恥ずかしいことを面と向かって正直に言う。楓は赤くなって俯いた。いつからかわからないが、梅寿は男の楓に恋をした。
でもマラソンでは楓の女の子の体に興奮していた。今まで一緒にいて、梅寿が可愛いと言うキャラクターもアイドルも、女の子だった。梅寿の恋愛対象は女の子のはずだ。
(でも梅ちゃん、僕のこと、あんなに好きになってくれたんだ)
告白をされてから、梅寿が今まで助けてくれたのは友情だけではなかったのだと気づいた。気づいた楓が感じたのは、嫌悪感より幸福感だった。梅寿は楓を友人以上に大切に想い、守ってくれていた。それが嬉しかった。
楓にとっての恋愛対象も女の子だった。しかし梅寿からの告白を受けて、楓はもっとずっと、梅寿と一緒にいたいと思った。二人とも恋愛対象は異性のはずなのに、お互いに惹かれてしまった。梅寿とこれからも一緒にいるために、彼の負担や重荷にはなりたくない。楓は楓のできる範囲で自分の身を守っていくことにした。
「あの、じゃあ…よろしくお願いします」
「…は…へ?」
楓は梅寿に頭を下げた。梅寿はぽかんと口を開けている。楓は勇気を振り絞った。
「あの、僕も、梅ちゃんが、す、好き…」
最後はきちんと梅寿に聞こえただろうか。楓は消え入りそうな声で必死に伝えた。
梅寿に両肩を掴まれて楓が顔を上げると、梅寿の顔がゆっくり近づいてきた。梅寿の口を楓は両手で塞ぐ。
「梅ちゃん、ここ外だから、」
「だって、今のはチューの流れじゃ」
「違います。ほら、学校、行こ」
楓は梅寿の背中を押して歩き出した。さっきまでとは違い、梅寿はスキップしそうなくらいウキウキで歩いている。露骨な態度の変化に楓は笑った。
「でも、ちょっと残念だな、正直…」
「何が?」
「おっぱい揉んでおけば良かった」
あまりにストレートな物言いに、楓は引いた。しかし、正直なところは梅寿の良いところだ。楓は慰めるように梅寿の肩をポンポン叩く。
「明日にはまた、女の子になってるかもよ?なーんて」
楓は自分の胸を両腕で寄せて梅寿にアピールしてみた。恥ずかしくなって、楓は自分で言って自分で笑ってしまう。
梅寿は急にしゃがみこんでしまった。
「やばい。たった」
「え、なんで?」
どこに興奮する要素があったのだろうか。楓にはわからないが梅寿の辛さはわかるので、道の端で梅寿が落ち着くのを待った。他愛のないやりとりがいつも通りで、楓はとても嬉しかった。
そして翌日。
「どうしよう梅ちゃん、また女の子になっちゃった…」
「じゃあ、おっぱい揉んで」
「いいわけないでしょ!」
楓は梅寿のワキワキしている手を払い除けた。
END
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます