第9話
「はぁ、涼し…ありがとう、梅ちゃん。真っ赤だよ。はい」
「…ジャージ着てないとわかるな」
保冷剤を差し出してくれた楓は空いている手で胸元を隠してしまった。おっぱいをガン見していたことがバレてしまったようだ。楓は目をそらしている。
「梅ちゃん、トイレ行ってきたら?それ…そんなに感触あった?僕、ペチャパイだなーって思ってたけど」
梅寿は股間を隠したが遅かった。こっちもバレてしまった。
楓は笑って場をなごまそうとしてくれている。梅寿は慌てて否定した。
「ち、違うんだ楓、おっぱいだけじゃなくてお尻もぷるんぷるんだったんだ」
「んなっ…言わなくていいよそれ、フォローになってないよ!?」
「これがラッキースケベってやつかと思ったらもう、おっぱいもお尻も止められなくなったんだ。だってそこにおっぱいとお尻があるから、だっておっぱいとお尻だから…!」
「すごい喋る梅ちゃん。おっぱいとかお尻とか、何回も言わないでよ!」
梅寿は楓に太ももをぴしゃりと叩かれた。あやうく発射してしまうところだった。梅寿はうなだれた。
「ごめん。キモいよな、俺…ごめん」
「え?うん、ちょっと気持ち悪いけど、仕方ないよ。もし梅ちゃんが女の子になったら、僕も体に興味持ったと思うし」
「ちょっと気持ち悪いのか」
「おんぶしてた時、辛かったよね…ありがとう、梅ちゃん」
微笑んでくれる楓に、梅寿は胸が締め付けられた。体に興味を持った上に興奮している梅寿に対して、お礼を言ってくれる。楓は優しい。梅寿は性的な目で見まくってしまったことを後悔した。
「ごめん。トイレ行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
楓は手を振ってくれた。梅寿はトイレで感触を思い出し、抜きに抜きまくった。
その日はそれ以上何事もなく、楓は梅寿と共に帰宅した。
『明日、男に戻ってるよ。大丈夫だ』
家の前まで送ってくれた梅寿は、別れ際にそう言って笑っていた。なんの根拠もないけれど、梅寿がそう言うなら大丈夫だろう、と楓は思った。
(きっと明日は男の体に戻ってる)
そう思いながら、楓は自室に入って部屋着に着替える。上半身裸になってみて、むき出しの胸に触れてみた。普段よりも柔らかいような気もするが、見てわかるほどのものでもない。梅寿が興奮していたのが不思議だった。手で包んで押してみてもそこまで感触はない。楓は首をひねりつつシャツを着る。
制服のズボンをおろして、下着を見つめる。下半身に膨らみがないことは今日何度もトイレで見た。つるりとした股間を下着の上から指でなぞる。
(女の子って、どうなってるんだろう)
楓はキョロキョロと周りを伺った。部屋のカーテンはきちんと閉じられている。朝はおちんちんがなくなった衝撃でそれどころではなかったが、少し落ち着いた今、楓は自分の体に興味津々だった。ゆっくりと下着をおろし、足を開いてみる。上から見ても肝心の場所は良く見えない。楓の頬に熱が溜まっていく。指を添えて、恐る恐るそこを割り開く。
「は、ぁ…ひぁっ!」
冷えた空気が通り過ぎ、楓はびくんと体を揺らして指を離した。
楓は頭から布団を被って丸くなった。
(なにやってんの僕、こんなこと…)
楓は胸を抑える。苦しいくらい胸が高鳴っている。楓も年相応の男子なので、女子の体には興味がある。保健室での梅寿の反応も当然だと思った。身近に女の子になった男がいれば、きっと楓もどうなっているのか興味を持ったはずだ。まして友達なら、お願いして色々見せてもらうだろう。
梅寿は楓に比べてかなり体格が良い。力では絶対に敵わないことをお互いに知っている。今日だって、保健室でも梅寿の部屋でも、楓の体を無理矢理にでも開いて触って見ることができたはずだ。それでも梅寿は、保健室であんなになってもなにもしてこなかった。
(梅ちゃん…なにかお礼をしないと、だめだよね)
楓はドクドクと脈打つ小さな胸を押さえて、しばらく布団の中で丸くなっていた。
次の日、楓の体は女の子のままだった。落胆しても仕方がない。梅寿が来るまでに支度を終わらせなければならない。今日は体育を休もうと思っていると、梅寿から連絡がきた。
『体どうだった?』
楓は『女の子のままだった。でも学校は行くよ』と送り返す。
朝食や準備を終えて玄関を出ると、梅寿の姿が見えた。
「おはよう…戻んなかったんだな」
梅寿が不安げに楓を見ている。心配をかけてしまっていることに、楓は心苦しくなった。楓は周りを見渡す。今近くには誰も歩いていない。
「うん…あのね、梅ちゃん、僕の体見たい?触ったり、とか」
「見たいし触りたい」
「即答…そうだよね、気になるよね、女の子の体」
あまりの返事の速さに楓は驚いたが納得した。梅寿は同じ年の男子だ。女体に興味はあるだろう。しかし梅寿は慌てて否定した。
「いや、ごめん。気になるけど、楓は嫌だろ?そういうの…嫌じゃないなら、見てほしいとか触ってほしいなら全然やるけど。見るし触るけど」
「え、あの、嫌だけど。でも、お礼というか、」
「…楓が嫌がることはしないし、したくない。お礼とか…そんなん、いらん」
楓は胸がきゅうっとなった。梅寿はいつも、いつでも優しい。楓に無理なことや嫌なことは絶対にしない。楓は肩の力を抜いた。いつも守ってくれるお礼に体を見せたり触らせてあげたほうがいいかと思っていたが、きっとそんなことをしなくても梅寿はそばにいてくれる。
「ありがとう。梅ちゃんと友達で、本当に良かった」
楓は梅寿に笑いかける。梅寿は曖昧に笑って、楓から顔を背けた。
その日の体育は見学にした。楓は教室で自習となった。
「なんかあったら連絡しろよ」
梅寿はスマホをポケットに突っ込んで校庭へ向かっていく。見送っていると、廊下からクラスメイトの女子の話し声が聞こえた。
「柏木君、体育休みなんだ。大丈夫かな?」
「昨日熱中症になったみたい。ウメがおんぶして保健室連れてってたし」
「そっか~いいなぁ柏木君、木村君と仲良くて」
「柏木君、ウメのお姫様だから」
楓は女子から見えないように、扉の影に隠れた。楓をお姫様と呼んだ彼女は昨日保健室に行く途中で会った子だ。
楓はやっぱり、と思った。
言葉に棘を感じたが、棘を含ませてしまうのも仕方がない。彼女は梅寿が好きなのだろう。楓はいつもそばにいて梅寿を独り占めしている。彼女からしたら楓は邪魔な存在だ。
楓がずっとそばにいたら、松寿に恋人ができなくなってしまう。
楓は自分が梅寿の足を引っ張ってしまっていると感じていた。梅寿は意外と女子にモテる。兄の松寿と違って誠実な性格が、より好感度を高めているようだ。
今までも梅寿に頼り切りだったが、女の子になって益々梅寿に負担をかけている。
(梅ちゃんの重荷に、なりたくない)
梅寿は大事な友達だ。楓はこれ以上梅寿の負担になりたくなかった。
梅寿から自立しなければ。
楓はどうしたらいいのか、走るクラスメイトを眺めながら考えた。
放課後、梅寿はクラスメイトの女子に呼ばれて行った。
「戻るまで教室で待っててくれ」
楓は梅寿を見送って、少し間をおいてからメッセージを送る。
『ごめん、先に帰るね』
楓はカバンを持って教室を出た。梅寿はたぶん女子から告白されるのだろう。呼び出したのはあの女の子だった。自分のことは気にせず、彼女と付き合ってあげて欲しい。
(僕は一人でも大丈夫。大丈夫に、ならなきゃ)
楓はそう思って家路についた。
学校をを出てからだいぶ経つ。楓は歩きながら、誰かがついてくる気配をずっと感じていた。スーツ姿のおじさんがついてきているのを、何度か振り返って確認した。梅寿がいないこのタイミングで、たぶん変質者においかけられている。このまま自宅に行って家を知られてもまずい。交番に行こうと考えていたら、後ろの足音が早くなった。楓が振り返るとおじさんに腕を取られ、路地に引きずり込まれてしまった。
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