梅寿と楓編

第7話 

彩葉の性別が変わった数日後、一人の少年が蜂に刺されていた。

「痛っ…な、何?」

「うわっ、蜂だ!刺されてる?!保健室行こう!」

放課後、少年は友人に抱き上げられて保健室へと急ぐ。刺された場所は少し腫れた程度で体調が悪くなることもなかった。保健室を後にした二人は家路についた。

「びっくりしたぁ…」

「なんともなくて良かったよ。また明日な、楓」

少年は友人に手を振る。

「また明日、梅ちゃん」

ここから二人の物語が始まる。




梅寿と楓編




木村梅寿17歳はその日固く決意していた。大好きな柏木楓に告白する、と。

梅寿は学校に登校するため玄関を開ける。眼の前に楓が立っていた。

「あっ、梅ちゃん!僕、あの…女の子になっちゃって…!」

梅寿は目の前が真っ白になった。


高校の制服を着た楓は涙目だった。梅寿は楓を自分の部屋に招き入れた。

部屋に入り楓は何度も涙を拭っていたが、少し落ち着いたようだ。梅寿の両親は共働きで、すでに自宅にいない。

「ごめんね梅ちゃん…お母さんにも言えなくて、どうしていいかわからなくて…」

「いや、それはいいんだけど、えーと、女の子になったって、それは」

まさか、楓は別の男とそういう関係になってしまったのか。俗に言うメス落ちをして女の子になってしまったとかそういうことだろうか。考えて梅寿は自分を殴りたくなった。なんでもっと早く行動に移さなかったのか。楓が他の男とあんなことやこんなことをしているなんて、考えただけで吐きそうだ。

「朝起きたら、その…なくなってて」

「亡くなって!?誰が?!」

「えっと、その、おちんちんが、…」

楓は真っ赤になって答える。楓のおちんちんがなくなってしまったらしい。どういうことなのか、反復しても梅寿にはよくわからなかった。ただ楓のおちんちん発言がなんだかエロくて梅寿も赤くなった。

「ほ、本当なんだよ?あ、触ってくれたらわかると思う。見せるのは、恥ずかしいから」

「え?ちょっ…」

楓は梅寿の手を取って股間に導く。止める間もなく梅寿の手は楓の股間に到着してしまった。手を引っ込めようとしたが、違和感にもぞもぞと指で探ってしまう。

「ん、っ…」

「あっ、ごめん」

楓がびくっと体を揺らした。梅寿は慌てて手を引っ込める。

楓は近所に住む幼馴染だ。小中高とずっと一緒で、風呂に入ったりプールに行ったりお互い体を見る機会がたくさんあった。楓は間違いなく男だ。しかし今、股間にはなにもない。確かにおちんちんがない。

楓はまたポロポロと涙をこぼす。

「どうしよう…僕、どうしたら、いいの…」

涙を流す楓に梅寿は胸が苦しくなった。きっと不安で怖かったのだろう。親にも言えず、真っ先に梅寿の元に来たらしい。梅寿は楓を元気つけなければ、と、手を握る。

「大丈夫だ、楓、俺が助けてやるから…」

なにをどうしたらいいのか、具体的には何も浮かばないが、梅寿は必死だった。

「ごっ、ごめん、ね、梅、ちゃ…」

「気にすんなよ。俺達、友達だろ?」

楓はしゃくりあげながら何度も頷く。梅寿は楓に声をかけながら、自分の言葉に苦しくなった。




楓は梅寿の同じ年の幼馴染で友人の男子だ。今日、梅寿は彼に告白するつもりだった。友達としてではなく、恋愛感情を抱いていることを伝えるつもりだった。同性からの告白を、楓は嫌がるだろう。

楓は小さい時から女の子のような容姿をしていた。大人しい性格のせいか変な男に目をつけられたり手を出されそうになったりと、嫌な思いをしてきた。梅寿と兄の松寿で守ってきたものの、自分に好意を抱く男は楓にとって恐怖の対象でしかない。

もう二度と友人として関わることはできないかもしれない。それでも梅寿は、自分の想いを伝えたかった。

小さい時からずっと、ずっと楓が好きだった。

例えばアイドルや漫画のキャラクターで可愛いと思うのは女の子だ。梅寿の恋愛対象は女性だと思う。しかしそれ以上に、同性の楓に惹かれてしまった。

この恋心にずっと悩んできたけれど、今日、打ち明けよう。そう思っていた。

(それが女の子になっちゃうって、俺の悩みは一体…いやまて。楓が女の子なら、告白するのに何の問題もないんじゃ)

楓がこの先もずっと女の子でいるのなら、梅寿とお付き合いするのもアリではないだろうか。楓にはぜひ、アリだと言って欲しい。そうしたら手を繋いだりチューをしたりあんなことやこんなことをしてみたい。梅寿は前のめりで楓に尋ねる。

「楓は、どうしたい?女の体はやっぱ、嫌なのか?」

「男に、戻りたい。このままじゃ学校とか、困るし…それに、女の子になったらもっと、変な人増えるかも…」

それもそうか、と梅寿は思った。そもそも女の子のままでいいならここまで不安にならないだろう。梅寿の、楓に女の子でいてほしい気持ちが先走ってしまった。

女の子になってはセクハラを受ける頻度も上がるだろう。そう考えて梅寿は思った。楓が女の子とわかれば変な人間が増えるだろう。何より知られてはならない相手が身近にいる。

「兄ちゃんにバレたら」

梅寿の言葉に楓は青ざめて梅寿と目を合わせた。梅寿の兄、松寿は地元で有名なヤリチンだった。女子もやり捨てされることがわかっていて寄ってくるので、松寿はあちこちで食べ散らかしていた。あの松寿が、楓が女の子と知って手を出さないはずがない。

楓の顔面からますます血の気が引いていく。

「ぼ、僕、松兄ちゃんに…」

「隠そう、楓。楓が女の子になったことは内緒にしよう」

楓は何度も頷いた。楓も同じ想像をしたようだ。

「松兄ちゃん、今いないよね?朝から講義だって、メッセージきてたし」

(なんで楓にそんなん送ってんだよ)

楓は部屋の壁を見た。隣は兄の松寿の部屋だ。今朝早く家を出ていく兄を見かけたので、今兄は家にはいない。それよりも梅寿は楓と兄がそんなやり取りをしているとは知らなかった。とてつもなく気になった。

「兄ちゃんと、どんな話してるんだ?」

「え?えっと、今日の授業はなんだったとか、晩ごはん何食べたとかそんな話かな。会う回数が減ったからかな、最近メッセージがたくさん来るようになって」

どうやらどうでもいい話しかしていないようだ。梅寿は胸をなでおろす。今は松寿のことよりも、今後の楓の生活を考えることが最優先だ。

「とりあえず、学校どうする?行くなら作戦立てよう。女で困るのってトイレとか着替えか」

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