今時の若い奴が言うオタクは真正オタクじゃないと言う父の話

masuaka

真正オタクとは......


「今時の若いやつが言うオタクは真正オタクじゃない!」


 正月の始め、紅白歌合戦を見直している酔っぱらった父の叫びがリビングに響いた。


 話は冒頭の父の叫びの10分前に遡った。


「なあ」


「何?」


 父は録画した紅白歌合戦を見直していた。カウントダウンライブに行っていたため、リアルタイムに見れなかったのだ。


 定年退職直前の父の活動を見て、私は若いなあと思うばかりである。だから一般的に言われている「知っている歌手が少ない」という父世代の紅白歌合戦への認識とはちょっと違うのだ。


 そんな父は不思議そうに私に尋ねた。


「最近って、アニソン歌手は居なくなったのか?」


「いや活躍している人はいるよ。ってか、急になに?」


 父はアニメ関係のことは私に聞けば、だいたい分かると思っている節がある。私は聞いたらなんでも答えるChatGPTじゃないんだぞ。


 父の音楽嗜好は若い。多分、私よりも。そしてアニメも気づいたらずっと見ている。NetflixとAmazonプライム、YouTubeの振り返り放送で新作から旧作までカバーしているものだから、アニソン史ももちろん詳しい、無駄に。


 先ほどの質問は私に聞く必要があったのだろうかと疑問に思いながらも、私は父に質問の意図を訊ねた。


「最近のアニメのOPやEDって、いわゆるアニソン歌手じゃなくて、有名な歌手やメジャーなバンドが担当してることが多いだろ」


「そうだね」


 薬屋のひとりごとのOPは緑黄色社会。葬送のフリーレンのOPはYOASOBI、EDはmilet。東京リベンジャーズ 天竺編はOfficial髭男dism。


 確かにメジャーな歌手やバンドが多いような......?


「昔はTheアニソン歌手みたいな人が多かったし、紅白にも出てただろ」


「例えば誰?」


「水樹奈々やLiSAもそうだろ、あとKalafina」


「ああ、なんとなく言いたいこと分かるわー」


 ちなみに父は幅広いオタクだ。特撮、歴史、グルメ、もちろん、アニメもしっかり見ている。


 そんな私もそこそこなアニメオタクだと思っている。


 今クールごとにどのアニメを視聴するか番組表で吟味したり、気に入ったコンテンツのコラボカフェやショップにも足を運ぶ程度には。


 仕方がない、父がああなのだ。


 蛙の子は蛙になるように、オタクの子がオタクになるのは必然だった。


 そんな私と父の会話に母はいつものごとく面倒くさそうに聞いているのが、いつもの光景だ。


「だいたいなあ。今のオタクって、オタクじゃないんだよ」


 私はアニソン歌手の話から、早くも話が脱線し始めた気配を感じた。しかし返事をしないと拗ねると思うので、適当に返事を返しておく。


「どいうこと?」


「オタクは本来日陰の、陰の者を指す言葉なんだよ!」


 なんか酔っぱらいの父の言葉は面倒くさいオタクの言葉みたいになってきた。


 いや、違う。みたいじゃない、父はオタクだった。


「そういう考えって古いんじゃない?」


「本来の意味と違うって言ってるんだよ。昔俺が大学の頃な、佐藤(仮名)っていうゼミのやつがいたんだけど、」


 けっこう前に話が遡るな、何十年前の話だ。


「そいつがさ、こう言うんだよ。


『鴨居(父仮名)氏、鴨居(父仮名)氏!』


『なんだよ、』


『オタク族って知ってるか?』


『なんだ、どっかの家名かなんか?』


『オタク族ってのはな、サブカルに熱中してて、見た目は肌が白くて、小太りで、眼鏡かけてる、ちょっと暗いやつを言うんだけど、全部当てはめるとお前なんだよ~m9(^Д^)』


ってな」


「(えええええ......)」


 私は父の多分友人らしき人物の容赦のない言葉にドン引きした。


「それ本当に仲良かったの?」


「まあ普通だな、それよりも!」


 父はゼミ生(多分友人)の言葉を気にもしていないらしい。


「本来、オタクは陰の者を指す言葉なのに、今のオタクは明るいやつばっかじゃないか!」


「時代の流れじゃないの? というか今はいろんな人が見てるじゃんアニメ」


「オタクっていうのは、【御宅】っていう相手を呼ぶときの二人称代名詞だったんだ。それがサブカルの愛好者を指す名称にいつの間にかなってたんだよ」


 私はむむっと気になった父の言葉に反論した。


「それだと今使ってるオタクって、意味あってるじゃん」


「違う、ぜんぜーん違う!!」


 父は心外そうに語気を強めて言う。


「昔は否定的な意味でオタクという言葉は使われてきた。なのに、今はなんだ!」


 父はバンっと、こたつの机にビール缶を置く。


「明るくて、クラスで中心のやつが『私、オタクだから~』ってファッションみたいに言うんだよ!」


 確かに私の学生時代でも若干オタクへの偏見はあった。ここ数年だろう、オタクのへの偏見がだいぶ改善されたのは。父はどんなひどい時代を生きていたのだろう。


 私もアニメが好きだというのを隠していた時期があったから、なんとなく分かる。父も苦労してきたのだろうか。


「俺は知ってる......、このオタクたちの印象を大きく変え、オタクの運命を変えた人物を」


 あ、違う。この言葉のテンションはぜんぜん苦労してないわ。これ。


「誰?」


「しょこたんだ」


「はあ?」


 予想外のような、でもなんとなく気持ちは分かるような人物の名が出てきた。

 

 しょこたんは、アニソンのイントロクイズではラスボスのごとく立ちはだかる中川 翔子の愛称だ。マンガ・特撮・アニメ、なんでもござれなサブカル系タレントの先駆者だと思う。


 我が家の一時期のブームは、アニソンのイントロクイズでしょこたんよりも速く回答することだ。まあ、たいてい回答の速さで負けるのだが。


「美人で明るくて、絵も描けて、歌もうまい。こんなオタク、昔はいなかった」


 父は缶に残ったビールをグイっと飲み、こう言った。


「だから、しょこたんはオタク史の特異点なんだよ!」


 なんか壮大なオタク史の特異点になってるよ、しょこたん。


「しょこたんが登場するまで、オタク史にこんなことはなかった。あんな明るいオタクがいて、たまるか~!!」


 ちなみに父はしょこたんのファンである。ファンって、自分の好きなタレントに厳しい時あるよなあ。


 私の意見としては、しょこたんは紛うことなき真正オタクだ。しょこたんがオタクじゃなかったら、いったい誰を指すんだよって言うのが私の意見である。


「今時の若いやつが言うオタクは真正オタクじゃない! ファッションみたいにオタクって名乗りやがってー!!」


 父はそう言うとガタンと後ろにあったソファのに寄りかかって、言いたいことを言うだけ言って眠ってしまった。


 ジェネレーションギャップって、こうやって生まれるんだなと感じた2024年の正月の話だ。

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