第2話 なんでも買い取らせてもらいます

 ワイバーンを駆り、本を専門に運ぶセーブル。


 量産可能な技術はあれど、まだまだ高級な本。そもそも文字の読み書きが出来ない人間も多い。

 セーブル自身も孤島出身で裕福ではないが、外界と大口取引のある商人に教わった。彼が持ち込むのは専門書がほとんどで、子供が読む物は数も少なかった。それは恵まれた環境だったのだと大人になって噛み締めている。

 何かと制限のある本の面白さを、それでも広めたいと、稼ぎが減るのも構わず各地で本の内容を語っていた。


 しかし、そんな献身的な行動も、常に求められる訳ではない。


「面白い本、素敵な物語! 興味はありませんか!」


 今日はそんな日だった。

 都への道筋から外れて寄った、初めて訪れた農村。活気は弱く、何処か寒々しい。


 大声で呼びかけようと誰一人集まらず、否定的な目を向けられるばかり。


「本? 悪いがそんな余裕はないね」

「んな贅沢なモン買えないよ」

「暇じゃないんだ」


 この農村には、まだ浸透していなかった。

 農繁期ではないはずだが、それでも人手は足りていない様子。断るだけマシで、忙しそうに無視して通り過ぎるのが大半。子供が興味を持っても、すぐに大人が手を引いて行ってしまう。


 本はあくまで娯楽。学びすらも贅沢。

 余裕がなければ成立しない。


 だとしても、彼は諦めない。


「でしたら、そちらから提供できる物語はありませんか?」


 代わりに呼びかける内容を変えた。


 すると立ち止まって興味を示す者が現れた。


「物語を、こっちから?」

「語り継がれる民話から、ご自身で体験した笑い話まで。なんでも買い取らせてもらいます」


 提案は魅力的、なはずだとセーブルは不安になりつつ説明。

 人々は顔を見合わせる。

 その中から一人、中年の男性がおずおずと進み出てきた。


「うちの婆さんから聞いた話なんだが……いいかい?」

「勿論!」


 元気よく促せば、彼はたどたどしく話し始めた。




 ある時、若い木こりが夜になっても帰らなかった。

 森の中には凶暴な獣が住む。

 慌てた村人が総出で捜索を始めた。

 そうして、森の中で木こりを見つけた時。

 彼は、絶世の美人と共にいた。

 森の精霊、あるいは人に化けた怪物のような。神秘的で幻想的。とにかく人ならざる何かだと思わされる雰囲気の。

 見つけた村人も、無理には連れて帰れなかった。

 そうして木こりは二度と帰らなかった。

 人ならざる何かに気に入られ、森へ消えたのだと。そう、村人は結論付けて。




 何度もつっかえながらで、語り口に起伏もない。語り部としては素人。

 そんな事には構わず、セーブルは拍手喝采。過剰とも言える程度で褒める。


「不思議な話ですね! 面白いです。……えーと、こんなものでどうでしょうか」

「こんなに!」


 数枚の貨幣を渡せば、大袈裟に驚かれる。

 安い対価。ただし、話をしただけにしては上等で、農村には貴重な臨時収入。

 たちまち空気が変わった。


「オレも話ならあるぞ!」

「あたしも!」

「落ち着いて! どうぞ一人ずつお話ください!」


 人々が集まり、次々と話していく。

 民話。体験談。笑い話。恐ろしい話。


 中には子供も混ざる。そして自らが話すだけではなく、皆が他の者の話を聞いていた。

 笑い、驚き、明らかに今考えたような話には容赦なく指摘。

 本人達が意識せず、盛り上がる。

 余裕も娯楽もない農村が、祭りのような活気ある風景に。

 きっかけは金銭目当てであっても、物語の力だ。


 実に微笑ましい。セーブルの望む日常そのもの。自然と笑みが浮かぶ。

 だが、それには限りがあった。


「……あーっと、済みません。そろそろ手持ちが尽きそうです」


 心から謝れば、怒号めいた不満の声がこそこかしこから響く。

 セーブルとしても残念。だが無理なものは無理だ。

 やがて文句を言いつつもバラバラに解散してゆく。しかしその背からは、今しがたの感想も聞こえてくる。また次もあったらいいという声までも。

 物語が根付くのを感じて、彼はまた微笑んだ。



 宿もない農村、村長が厚意で寝床と食事を用意してくれた。

 マークの為に空きの出た馬小屋も貸してくれる。

 そこで鱗を丁寧に清めていく。食事も含め、相棒の世話をセーブルは楽しむ。


 一人と一頭。村人は近くにいない。

 だから彼は、手持ちの金を使い過ぎたと反省する。

 保存食すら尽きかけ。補充を考えれば、都に着いても贅沢は出来ない。


「ちょっと調子に乗り過ぎたな」


 自嘲し、苦笑いして頭を掻く。


 ただ、思い出すのは、村人達の顔。

 本なんて、と言っていた人間があんなにも楽しんでいた。


 それを思えば、手痛くとも適切な出費だ。


「……いや、やっぱ格好つけ過ぎだよな」


 腹が鳴るのは、意地や思いでは止められない。

 マークも呆れたように鳴くのだった。

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