空飛ぶ本屋さんの冒険

右中桂示

第1話 絶好の飛行日和だ

 朝日が城下町を照らしていた。

 人も物も多く行き交う、非常に栄えた街。中でも特に裕福そうな区画。朝早くでは人通りも少なく、厳格な空気感があった。


 その一角に構える店、本屋の裏口に、ワイバーンがいた。静かな町並みには不似合いなようで、堂々たる風格は歴史ある雰囲気に馴染んでいる。

 鞍上には青年。名をセーブルといった。

 金の瞳。肌は褐色。帽子から赤髪が覗く。人懐っこい顔つきで、くたびれた旅装に身を包んでいた。

 鞍から降りたセーブルは中年の店主に明るく声をかける。


「やっ! お届けに来ましたよ!」

「お前さんか。待ってたぞ」


 ワイバーンの背には丁寧に縛られた荷物、山程の本が積まれていた。

 手際よく降ろして店の中へ。かなりの重量になる本の山をセーブルは軽々と運んだ。

 届いた商品を店主が検める。


「……よし。状態は良いな」

「当たり前でしょう。俺の仕事ですから」

「もうちっと早けりゃ文句ないんだがな」

「流石にワイバーンでも三日はかかりますって」

「……まあ、そういう事にしといてやるよ。有り難いのは間違いない」


 含みを持たせた言葉と共に見据えられ、セーブルは苦笑いするばかり。

 溜め息を吐いた店主は切り替える。


「仕入れはどうする?」

「とりあえずこっちの新作は一通り。バラク英雄王とミルドロウ幻想譚も人気だから欲しいです。それから農業と医術の本も」

「はいよ。いつ発つんだ?」

「明日ですかね」

「早いな。もっとゆっくりしていけばいいのに」

「いやいやもっと早くって言われたばかりでしてね」


 選んだ本は人気ある売れ筋を含め、セーブル自身が自信を持って人に薦められるものばかりだ。

 だからこそ、なるべく早く届けたい。自身は二の次。

 店主は呆れて再度溜め息を吐く。好感があるからこそ、強くは言わない。


 商談を纏めたセーブルは爽やかな笑顔で後にするのだ。


「それじゃあ、よろしくお願いします!」





 童話や英雄譚、農業や医術にその他様々な分野の専門書。紙と羊皮紙、本だけでなく巻物まで。

 それら商品となる大量の書物を、崩れないように隙間なく並べ、防水加工を施した布に包む。

 その大きな塊が二つ。

 鞍の後ろ、重心を保てるように縛って固定する。

 食料や日用品等の荷物は自分で背負った。


 眩い朝日を見上げ、口元に笑みを浮かべる。


「絶好の飛行日和だ」


 セーブルは一泊の休息と仕入れを終え、朝早くから出発した。

 門を出て、街道へ。

 馬車の流れに混ざって、しばらくは地を進む。

 人や馬車が少なくなって開けた場所に出ると、そこからがワイバーンの本領だ。


「いくぞ、相棒マーク


 頭の鱗を撫でれば、相棒は甲高く鳴いて応えてくれた。

 ワイバーン。赤い体に鋭い眼光が格好いい、彼の相棒。


 合図をすれば地を蹴って、地上を飛び立つ。力強く羽撃はばたいて、ぐんと加速した。


「少し重いか? 頑張ってくれよな」


 あっという間に立ち入る者の限られた領域へ。

 空は快晴。風は微風。乾燥した空気。

 他の飛行生物の気配はなし。

 今のところは快適な空の旅。

 しかし一時も気は抜けない。

 空と地上の様子を観察しつつ、しっかりと手綱を握る。



 ワイバーン輸送は業界の花形だ。

 危険な獣や野党が出る土地も飛び越えていけるし、なにより速い。貴族のお抱えにでもなれば一生安泰だろう。

 とはいえ楽ではない。

 危険な飛行生物はいるし、天候次第では陸路より不安定。危険度の高い仕事に変わりはない。

 

 そうして辿り着いても、セーブルの場合はガッカリされる事は多い。

 本よりも、食べ物や生活必需品、あるいは美術品の方が求められるからだ。


 それでも本にこだわるのは、やはり子供の頃の経験が大きい。

 ろくに娯楽もない孤島の村では、数少ない本が宝物だった。大勢で繰り返し繰り返し読んでボロボロの本が、夢と仕事の源となった。

 都の学者の知識があれば助かる命だってあるとも知った。

 狭い世界を広げてくれたのが本だった。

 無論島が好きで骨を埋める気持ちも理解するが、セーブルは外へ飛び出す事を選んだのだ。



 平原を、森を、川を、次々と飛び抜けて、今日は何事もなく目的地の小さな宿場町に到着。

 ゆっくりと着地準備に入る。

 速度を落とし、羽撃きで姿勢を制御し、両脚が地面を捉えた。


「お疲れ、マーク」


 その姿が見えていたのだろう。風圧で舞った砂埃も気にせず、すぐに子供達が寄ってくる。

 皆元気にはしゃいで、我先にと俺達に群がった。

 専門書を注文していた大人は後ろで待って、見守ってくれている。


 正直、小さな宿場町では大して本は売れない。

 本命は都だ。大半はそこで売れる。

 いちいち荷解きするのも面倒。休憩だけにして先を急ぎ、大きな街で商売すればいい。利益を優先するならそれが最善だ。


 だとしても、その選択はしない。

 それどころか到着が遅れるのも構わず、積極的に寄り道をしていた。もっと早くと急かされる所以だ。

 不利な選択のようだが、だからこれはセーブルなりの奉仕だ。


 ワクワクと期待に満ちた顔を見ていると、やっぱり子供の頃を思い出す。

 文字を読めない内から、大人が語ってくれる物語にのめり込んだものだ。

 今彼は、その大人の側に立っている。


 これを一度経験したら、この本屋を、寄り道を続けたいと思うし、続けなければいけないと感じる。

 本の豊かさを広める為なら、不利だろうと軽々抱えられた。


「さ、俺が読んでやるぞ! 好きなの選べ!」


 セーブルは子供の期待を受け止めて、今日も本屋を営業するのだ。

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