3 賽の河原

 三途の川の少し前ほどに賽の河原がある。ここは、親に先だって死んだ子供が苦を受ける場所として大昔から存在する場所であるが、死んだ子供の年齢も若くて1歳にも満たない赤ん坊から16歳ほどの青少年もいる。子供の定義が昔からあやふやになってきたがそのまま変わらずにこの場所では運営されている。


 苦を受けると言っても、子供相手なので、とにかく石を積み上げ、ある一定の高さにまで達する前に鬼がやって来て崩す、そして子供はまたやり直しを命ぜられる、これだけのことである。子供は泣きながらも積み上げていく様はとても悲しいものでもあるが、ここもここ数十年で大きく変化してきたようだ。


 あるとき、ある子供が芸術的な積み上げ方をし、崩す当番である鬼を大層困らせたらしい。それはお地蔵様のような形を造り、これを蹴飛ばして破壊しようものなら鬼であろうと罰が当たると躊躇わせた。鬼達は関係各所へ連絡を取り、一先ず、崩すことはせず別の場所へ持ち運ばれ、その子供は賽の河原から別の場所へ連れられていったという。


 またある子供は、1970年頃に海外で生まれたゲーム、「ジェンガ」に触発され、歪な石を綺麗な長方形の石に統一させ、積み上げていった。そして崩そうとしてきた鬼に対して、

「これは、崩した者が負けのものです更に崩さず、下から石を取り出し、上へと積み上げるものです」

 と言い放ち、鬼達をまたも困惑させた。「そんなこと知ったことか」と蹴飛ばした鬼に対して子供達からのブーイングは凄まじく、このような事態が起こったのは史上初とも言えた。結果、当事者である鬼は病んでしまい、別の部署へ転職したという。


 時代が上ってくると子供たちも賢くなり、一筋縄ではいかなくなってきた。更に昔からの子供へどのように組み立てるとよくなるかを伝授する子供まで現れだした。


 このような事態が起き始めてからはルールを上手くすり抜ける小賢しい子供達と昔から変わらないルールに準じてきた鬼達との戦いが始まってしまったわけであるが、人間を学習した鬼から「このような古いものはやめてしまい、現代らしい苦行を与えてはどうか」ともっともな意見がなされ、賽の河原部署ではどのような苦行が良いのかと何週間も会議が繰り返された。(もちろんあの世の何週間とは大した日数でもないと言えるが)。


 結果として、賽の河原では石を積み上げるというもの自体は無形文化財のようなものであるため、一先ず残すとして子供達への新たな苦行として「ドミノ倒し」が採用されたという。そもそも賽の河原は河原だけあってガタガタと不安定な場所であるが、新規に改装し、平坦な場所に整備され、また石もなるべく同じ形の長方形のまっすぐな石に替えられた。これにより、子供達は個人作業から団体作業へと移り、ドミノ倒しのための設置作業中の鬼達からの邪魔以前に子供達自身が何らかのミスで崩してしまうという緊張感のある苦行になった。


 しかし、これも鬼達も最初はどのようになるのか興味があり、完成するまで黙ってみていたが、リーダー格の子供が指揮し、盛大なドミノが完成した。そしてリーダー格の子供が鬼に対して、

「どうぞ、ここからいつものように崩してみてください。今までの僕たちの苦労が水の泡になります」

 と、上手い口で鬼を誘導し、ドミノは崩された。それも、綺麗に次々と倒されていって、変わったギミックなども施された子供の探究心と遊び心による美しさであった。子供達たちは皆が協力して成し遂げたこと、生前できなかった感動が芽生え、これには鬼達も感動した。また、これを一度全て倒されることで次はどのようなものが出来上がるのか楽しみにもなった。二回目以降は鬼達も設計や注文を入れ、更に凄いドミノが出来上がっていった。その最中には子供たちのミスで崩れてしまう事が何度もあったが、それを攻めずに「次こそ頑張ろう」とフォローする子供達の姿に鬼達は涙を禁じ得なかった。


 このように大幅に変わってしまった賽の河原であるが、年に一度、閻魔様に見せるための日ができ、閻魔様以下、閻魔省の役人達が足を運ぶ、子供達主催「賽の河原ドミノ倒し祭り」が開催されるようになったという。いつの間にやら苦行からエンターテインメントに変わったのは不思議で仕方ない。


 これが現在の賽の河原の現状である。

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