第2話 残酷な宣告

 2020年の初頭、アジアのとある国で原因不明の肺炎が起こり、精密な検査を行った結果、人類にとっての未知のウイルスだとわかる。


『SAR S-Cov2』……。


 風邪の原因とされるコロナウイルスの新型であり、それは一つの型だけでなく、何百種類もの変異を遂げていく悪魔のウイルスである。


 初期のアルファ株の時は致死率が4%程と高く、まだ世界各国の首脳達はまだあまり詳しくわかっておらず、闇雲に幾度も緊急事態宣言を行い、世界経済は混乱に陥った。


 当然のことながら治療方法といえば確立されておらず、効果が見られるだろうという推定から、リスクの高い別の病気の薬が転用で使われるようになった。


「ただの風邪だ」という誤った風潮が一部の言論人の間では起こり、ニュースやネットではフェイクニュースが溢れ返り、世間は混沌と化していった。


 パンデミックから約一年が過ぎ、人類はとうとうこのウイルスに対応するワクチンを開発し、瞬く間にウイルスは駆逐されていったかのように見えた。


 だが、相手もさる者、徐々に変異していき、ワクチンとウイルスのイタチごっこの永遠の戦いが繰り広げられる事になる。


 ただ、ウイルス学の常識に漏れずに、感染力が強くなるにつれて、このウイルスは致死率が下がり弱毒化していき、人類の大半がワクチンを複数回接種した事でただの風邪のようになり、世界各国の判断から、パンデミックは解除になった。


 しかし、一部の専門家の間では、複数回のワクチン接種により、致死率と重症化率が下がっているだけとの見解があり、実際はどうなのかは分からないが、それが表面上のコロナ収束の引き金となったのは事実である。


        *****


 マスク着用義務が個人の自由になり、自粛も解除され、制限のない一年が始まり、街は久しぶりの自由に活気づいた。


 重明の職場は、ブレイブカンパニーという広告代理店だが、コロナ禍の時に収入が減り、その対策に他のいろいろな事業にも手を伸ばしていった。


 社長の青木周平は、58歳のいい年したおっさんなのだが、アグレッシブな一面があり、サーフィンや格闘技をやっており、社内にもチームが有る。


 若い頃は複数の事業を展開して何社か潰してしまい、ここだけが残ったが、安定成長のノウハウを駆使して、15年間も潰さずにやってきている。


 ただやはり、残業が多くあり、まだ若いとは言え、立派なおっさんである重明の、180センチ70キロの華奢な体は気が付かずに悲鳴を上げていた。


      *****


 夜の3時ということもあり、夜間病院は誰もおらず、救急で連絡したらたまたま人がおり、本来ならば昼間なのだが特別に夜に抗原検査をやってやると言われて、重明達はそこに行く事にした。


 12月の終わりにも関わらず、入院患者がいる病院からの判断で外で待つ事を言われ、寒空の下彼等は看護師達を1日千日の思いで待つ事にした。


「まさか、この時期にコロナってねぇ……。XBB用のやつは打ったんだけど、なんで感染するのかしら……?」


「それはおれが聞きたいよ……」


「……」


 外来病棟用の扉が開き、やけに美人で巨乳の看護師がフル装備で出て来て、思わず重明は鼻の下を伸ばし、和江に太ももをつねられる。


 色々な医療器具の入ったカートが重明の前に並べられ、体だけは頑丈で病院には滅多に行ったことはなかったが、やはり自分は病気なんだなと改めて実感した。


「はいこれから、抗原検査をするので、ちょっと鼻をグリグリしますよぉ〜」


 36歳になる大の大人に、幼稚園児に語りかける口調に重明は腹が立ったが、無菌コートの下から分かる程の巨乳に目を奪われ、刹那、鼻に綿棒をグリグリと当てられて、思わず「うっ」と顔を顰める。


 昔イタズラで鼻に綿棒を突っ込み、鼻血を出した時のノスタルジックな思い出が重明の脳裏に甦り、その時の痛みと変わらないんだなと思いながら、2本目の綿棒を鼻に入れる。


「はい、よく頑張りましたねぇ! 結果が出るまで15分ぐらい外で待っててくださいね!」


 その看護師は、デカい尻をフリフリしながら、「感染したくねぇんだよクソが」と小声で呟き、病院の中に入って行った。


(これで結果がわかるんだな……)


「シゲちゃん、私なんか買ってくるから。寒いでしょ? 紅茶でいいかな?」


「あぁ、ミルクティー頼むわ」


 和江は、重明の結果が心配なのか、頼りない足元をおぼつかせ、まだ付き合い始めてる時に購入したブランドものの財布から小銭を取り出して、病院内の自販機に足を進める。


 まだ周囲は寒く、厚手のダウンジャケットとフリースを着込んできたのにも関わらず、重明は強烈な寒気に襲われる。


(ただの風邪だといいが……)


 外からは、発熱外来に来る患者が何人か来ており、これは明らかに、パンデミックが終わったとは言えないぞと重明は恐怖に慄く。


 病院の中から、和江がジュースを片手に出て来て、ペットボトルのキャップを開けようとすると、先程の看護師が慌てて書類を持って重明の元へとやってきた。


「あの! 先ほどの結果はコロナの陽性です! 奥様も感染しているかもしれないので、ここではなくて別の医療機関へと行って検査してもらってください! お薬はあるのですが、これは副反応がきついので、別のものでいいですか?」


「えぇ!?」


 彼等は、飲みかけのペットボトルを地面に落とし、ひどく焦燥した様子で、看護師から手渡された書類を見つめる。


『コロナ検査 陽性』……


 そこに書いてある、残酷な事実を、重明達は深刻に見つめ、看護師は彼等を気の毒そうに見つめながら、赤いカプセルの書いてある写真付きの書類を見せる。


「これが、コロナの薬のRというものなのですが、かなり大きなカプセルを一日8錠、5日間飲まなければなりません。副反応はかなりきつくて、飲みきれない人は多いです。コロナに特効薬はありません。これではなくて、普通の風邪薬と解熱剤を渡しますので、栄養のあるものを食べて、ゆっくりと療養してください……」


「え!? Zではないのですか!? あの、S製薬が作ったやつ! あれの方が効果はあると……」


「あれは、はっきりとした効果があるかどうかまだ分からないのです! うちの病院では扱いません!」


「……」


「取り敢えず、5日間はウイルスが他の人にうつすリスクがあるので、家で寝ていてください!」


「は、はい!」


 重明夫妻は、いきなりのコロナ宣告に、寝耳に水といった具合の表情を浮かべ、医者から貰った薬と、会計を済ませて、足早に病院から立ち去って行った。


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