捜査は難航していた
その日は、正午から風花が舞っていたが、日が傾くにつれ、いよいよ雲は厚く垂れこめ、夕方には雪催いとなった。
繁華街の片隅にある喫茶店に、ヴィクトーはいた。
彼は、雑誌を眺めつつ、カップを手に取ると、今や完全に冷め切った珈琲を飲み干した。
程なくして、喫茶店の入り口付近が微かにざわめいたので、ヴィクトーは雑誌をテーブルに戻す。
「君が来ると、すぐに分かりますね? ニコラ君」
「どういう意味ですか? それ」
「君は目立つということです。予想はしていましたが、張り込みには向きませんね」
「人のことを言えた義理ですか?」
ヴィクトーは、訝しげに首を傾げる。
道行く人が思わず振り返るほど整った顔立ちだが、受ける印象が氷点下ゆえにか、慌てて顔を背けられがちなこの上司は、彼自身が目立つ事に、全く気づいていない。
「まぁ、良いです。一応、言われた通りお使いをして来ましたので、報告しても?」
「お願いします」
ニコラは口元を手で隠し、声量を抑えた。
「まず、聞き込み班ですが、ホシに関する情報は、全く上がって来ていません。
暗礁に乗り上げたって、署内でみんな死にそうな顔をしてました。
それと鑑識から。
致命傷となった傷口の深さ、差し込まれた角度から、やはり背の高い男性の可能性が高いそうです」
「そうですか。すると、こちらはやはり、空振りでしょうかね?」
ヴィクトーが向けた視線の先、喫茶店の斜向かいにある小さな雑貨店には、品出しを行なっている眼鏡をかけた女性の姿があった。
「何故彼女を気にするんです?」
「あの場において、彼女だけは異質でしたので?」
「そうでした?」
「ええ。私が知らないのは彼女だけでした。他の方は、マル害の遺族でしたから」
「でも、誰でも入れる教会なわけで……」
「今回ばかりは、君の言う通りかもしれないですね。数日張り付いてみましたが、交友関係は狭く、マル害との接点も見えません」
「それに小柄だ。気付かれずに背後から忍び寄り、上方から臓器に達するまで刺し貫くなんて、彼女にはまず無理ですよ」
「そうでしょうね。男性の影もなさそうですし。それは、マル害全員に言えることですが……」
「……え?」
「何か?」
「あ、いや。彼女、結婚してますよね?」
「昨日一昨日と家に張り込んだ時、同居人がいた様子はなかったようでしたが?」
「それは、確かに。家もワンルームでしたね。でも、彼女指輪をしているんですよ」
左手の薬指を指すニコラを見て、ヴィクトーは立ち上がった。
「この距離から見えますか。君は本当に目が良いですね。素晴らしい」
「あ。今のはちゃんと、褒められた感じがしました。それで、どうします?」
「一応役所へ……恐らく籍は入ってないでしょうが、念のため。
それから、雇用主への聞き込み、家主にも確認を。
確証が無いので動いてくれるか分かりませんが、取り急ぎ応援を依頼しましょう。
何だか嫌な予感がします」
日が暮れて、あたりは暗くなり始めている。
まだ店の中にメガネの女性、ロラ=マテューがいるのを確認し、二人は急ぎ署へと戻った。
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