告解と導き


「私、人を殺したかもしれません」


 告解室の中。


 肩を震わせて入室して来た眼鏡の女性、ロラ=マテューは、椅子に掛けるなり 直ぐ……窓の向こうの人物が言葉を発する前に、そう口にした。


 壁を挟んだ隣室の窓の前で、シスターブロンシュは口を開く。


「本日司祭は不在ですので、告解並びに赦しの秘跡は行えません」


「私、許されたいなんて、思ってない!

 ……毎週、この曜日この時間、ここに来れば、どのような人間でも神の導きを聴けると聞いて……」


 感情的に声を振るわせ、ロラは頭を抱える。

 シスターは、息を吸い込むと、静かに返答した。


「お話しを、伺いましょう」



 ロラは、ここ数ヶ月の間、自身に起こったことを、包み隠さず全て話した。



「一度あんなことがあってから、毎晩眠れなくて……!

 たまに眠れると、その次の日の朝には、またベッドが血まみれに!

 夕刊にも連続殺人の文字が並んで……。

 私、何も覚えてない!

 もしかして、二重人格か何かで、入れ替わると女性を惨殺して歩いているのかも、そう考えると、怖くて……」


 興奮し涙ながらに全ての言葉を吐き出すと、ロラはその場で泣き崩れた。


 シスターは、優しい声音で言葉を紡ぐ。


「それは、つらい思いをされましたね」


「はい……はいっ!」


 窓から差し出された真っ白な手に縋って、ロラは啜り泣く。


 ロラの嗚咽が止まると、それまで言葉を発することなく見守っていたシスターは、静かに口を開いた。


「失礼ですが、貴女、ご結婚なさっていますよね? その、指輪を……」


「え? ええ。まだ籍は入っていないのですけど……」


「ご主人は、気付いていないのですか? つまり、夜の徘徊や寝具の汚れなど」


「それは……そうなるのは、不思議と主人が夜勤で家にいない日ばかりなので」


「ご主人は、夜勤のあるお仕事なのですね。それは大変なことです」


「ええ。週に二、三回もあって。

 彼は、私には勿体無いほど素敵な男性で。

 とてもモテるのに、地味で何の取り柄もない、こんな私を選んでくれて。

 すごく優しいんです。

 夜勤の夜は、私がゆっくり眠れるようにと、出勤前にわざわざカモミールティーを淹れてくれたり……。

 だから、だから私は、この幸せを壊したくないのに……」


「素敵なご主人ですね。

 夜の出勤前に、カモミールティーを欠かさず、ですか?」


「え?ええ」


「愛されているのですね。不安を取り除き、安眠効果もあるお茶ですもの」


「そうね。だから、その日だけは、よく眠れるのかもしれないわ」


「きっとそうです」


 シスターの言葉に、ようやくロラは、表情を和らげた。


「さて。そうなると、一番の問題点は、普段眠れないことかしら? それならば……」


 シスターは思いついたように、ふわりと微笑みを浮かべた。


「貴女は、読書がお好きですか?」


「え?ええ」


「普段は、どのようなジャンルをお読みになるの?」


「それは、愛し合う二人が最後は結ばれて、幸せになる恋愛小説とか」


「素敵。

 実は、私も知人に勧められて、つい最近、恋愛小説を読みましたの。

 少しだけ待っていて下さる?」


 そう言って、シスターは席を外し、程なくして、一冊の本を手に戻って来た。


「もう読み終わりましたので、ご迷惑でなければお譲りします。

 眠れない夜は、そちらをお読みになっては如何かしら。せめてもの気慰みに」


「ありがとう。

 お話できて、随分気持ちが楽になりました」


「何よりです。

 それから、彼の淹れてくれるカモミールティー。

 幸せの味でしょうけど、沢山飲むとアレルギーが出ることもあるそうです。

 可能であれば、今週は飲まずに様子を見て下さい」


「え? はい。わかりました」


「貴女に、神の導きが有りますように」


 ロラはシスターに一礼して、告解室を出た。

 外は、既に夕闇に染まっていた。



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