第83話 捨て身

 柚希の上段の構えからの一撃を見てから、なんだか、俺は 夢うつつのような状態。


俺が知る限り、試合でも稽古でも、柚希が上段に構えるのは見たことがなかった。


つい1か月前に相対したばかりの、田坂の構えと重なった。

あの時、波にのみ込まれた感覚がよみがえってきた。


なんでだよ……


頭の中で、柚希の上段の構えと、田坂の上段の構えが交互に映像化されて流れてくる。


柚希は、田坂が上段の構えをする人だって知っていたとして、あの場面であれをやるか?


延長戦なんだから、1本取られたら負けってゆうあの場面で。

 


試合が終わり、奏が柚希に飛びついて、隼に引き離され、親父に怒られ……


柚希と、敷石ケ濵は、先生1人1人に、正座して講評を聞き。

そして、2人にこやかに話している。


俺は、その様子をフィルター越しに見ているような感じだった。

声も音も聞こえない。



兄さん?兄さん!

アニキ!!


えっ?


「大丈夫かよ?ぼーっとしちゃって?

ねえさんの華麗な一撃に見とれちゃった?」


隼は、あははっと笑った。


「あ、あぁ……」


とりあえず、片付けをして家に帰った。




家に帰って、ちょっと遅めの晩ごはん。


お義母さん、すみません、すべておまかせしてしまって、と柚希は配膳を手伝いはじめた。



食事をしながら、親父は晩酌をする。

日本酒を水くらいの感じで飲む。

これでも、昔よりは量は減っていると言うが。

俺と隼も缶ビールを開けた。


親父は、ひとしきり今日の剣友会での話を、母さんに話した。


へぇ~、まぁ~、あら~、そう~

 

母さんの相づちは、適当なような、大袈裟なような、いつもの感じだ。

親父は、喋り続け、

でも、あれはな!

と、柚希を見た。


「柚希さん、結婚前だったか、高校時代の戦績を聞いて、1回戦負けだったって言ったよな。

それで、私は、剣道やってたって言っても、ただやってただけだったかな?って柚希さんに言ったと思うが。

そうではなかったとわかったよ。

失礼な言い方をして、すまなかった」


えっ?

親父が謝るところ初めて見たかも?

親父は、頑固で自己中で、絶対に非を認めない。

その親父が、柚希に謝罪かよ?

こんな10数年経って。

俺はあの時、ぶん殴ってやろうかってくらい頭にきたけどな。


「お義父さん!私、1回戦負けは事実なので、

きっと稽古が足りなかったんだって思ってます。

なので、ただやってただけってゆうのは、お義父さん言われたこと正しかったと思ってますよ」

と、柚希は笑った。


「いやいやいや!!

あのさ!ねえさん、それは謙そんってもんだぜ!!

1回戦負けだったけど、相手は優勝した人で、マジ激強だったから!って、そこまで言ってほしかったわ~!

俺だって、敷石ケ濵さんに聞くまで、ねえさんって、そんな感じって思ってなかったもん」

と、隼が言って、親父もそうだそうだと笑った。


「柚希さん、でも、最後の面は、如何いかがなもんかな?」


「はい」


如何いかがなもんかな?って、なに?

凄かったじゃん! カンペキな当たりだったじゃん!!」

と、隼が言った。


「私が言いたいのは、捨て身 だったってこと。

相手が、もし、一歩引いていたら届かない距離感を、片手打ちしたこと」


「はい、それは、そうです。

勝つ為にはどうするかを考えた結果、捨て身になるしかないのかなって思ったんですが」


捨て身


取るも、取られるも、五分五分。


「ね~~!!ママはさ~~、ピンチだったから、必殺技を出したんだよ!!

ピンチの時しかやらないやつ!!

ね~~ママ~~」


奏が突然大きな声で言った。


は?

 

みんなポカンとして、奏の顔を見た。


柚希だけが、あははっと笑った。




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