第72話 二択

 剣道場の予約時間が、残り10分になりますよ、と、体育館の受け付けのおじさんが言いに来た。

はい、わかりましたと言って、俺と田坂は 防具と竹刀をケースにしまい、剣道場を出た。



外に出ると、田坂は

「倉田さん、あなたが愛している奥さまは、あなたと同じように、あなたのことを愛していらっしゃると思いますよ。

警察官という職業柄、疑ったり調べたりしてしまうのかもしれませんが、信じる者は救われる、なんじゃないですかね?

あははっ!これは、キリスト教の教えでしたかね?」


あんたに言われたくねーな!!

あんたが元凶なんじゃねーのかよ!!


「それは、わかっています。

職業柄とおっしゃいましたが、警察官と言っても、俺は白バイなんで、疑ったり調べたりはしてないですけどね」


「えっ?白バイなんですか?

神奈川県警の白バイって言ったら、箱根駅伝とか?」


「あぁ、そうですね。6年前に先導やりましたよ」


へぇーーーー!!すごいですねーーーー!!

えーーーーっ!!そうなんだーーーー!!


って、今日イチのリアクションだった。


そして、我に返ったように、

「あの、10月の結婚式は、柚希さんにご出席していただいても宜しいですか?」

と、俺に聞いた。


「ゆきの好きにしなよと、俺は言いました。

出席したいようなので、それは行かせてもらいます」

と、答えた。


「ありがとうございます。

席は、矢沢弘人の隣りにしましたけど、問題ないですよね?」

と、微笑みを浮かべた。


矢沢弘人!!

そりゃそうか!

親友って言ってんだから呼ぶよな!!

スピーチでもやるのかな?

ってか、なんで隣りだよ?

これ、悪意しか感じないんだけど!!


「えぇ、大丈夫ですよ。

今日は、お忙しいところを、本当にありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとうございました。

奥さまによろしくお伝えください」


「はい」


はい、と答えたが、田坂と会ったことは、柚希に言うつもりはない。


いや、会ってきたよって言う方がいいかな?



はっきりしたことは、田坂の心の奥に、柚希がいるということ。


そして、柚希がずっと想い続けている相手は、

たぶん田坂であろう、ということ。


もうあとは、それに気づいたことを、俺が柚希に伝えるか、胸にしまいこむか、の 二択だ。

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