第70話 田坂朋徳 5

 大好きでした



これは、本音だと思った。

“”剣道が“”、 と前置きをしているが、

“”柚希のことが“” だと思った。


過去形で言っている。


「どうゆうところが、ですか?」


「中野の剣道は、基本に忠実で、とても美しい剣道だと思います。

とてもきれいで、汚れない清流だと思います」


清流?

つまり、川の流れのこと?


「あなたには、見えるんですか?流れが?」


「えっ?見えませんか?逆に」


見えませんか?

って?


「じゃ、私の流れも見えてないんですか?」


は?

私の流れ?


「すごいですね!!見えてなくて、よけられるんだ?」


意味がわからない。


「もう一本稽古しませんか?」


田坂がそう言った。


言われて俺も面をつけた。


先ほどのように相対して、田坂は中段の構えから、左足を前に出し上段に構えた。


左上段の構え


マジか。

この人、上段の構えもするのかよ。


上段の構えから、竹刀を振りおろした。

その瞬間

ザザーーッと、大きな波にのみ込まれた。


気づいたら、面を打たれていた。

一歩も動けなかった。


1番最初の一本目に面を取られたのと一緒の感じ。

気づいたら、打たれていた。

でも、今のは、はっきりと見えた。


川の流れというより、津波のような大きな波。


その後も、流れは淀みなく、俺に向かって流れてくる。


CGとかで、人の動きにあわせて映像を映し出しているような感じ。

あ、あれだよ、あれ!!

鬼滅のさ、炭治郎の水の呼吸のなんちゃらみたいなやつ!!


いや、見えている訳じゃないのかな?

感じているだけ?

脳が勝手に、そんな錯覚をして、幻覚を見せられているのか?


「見えました?」


「はい。 見えました」


「これ、みんながみんなそうじゃないし、見える人と見えない人がいるんですよ。

相性の問題でね。

あっ!相性って、恋愛の相性じゃないですよ!

あくまで剣道の、です。

その人の持っている気の相性の違いで。

梅原で言うと、中野と松井田くんだけでしたね。

敷石ケ濵がね、怖かったって言ってましたよ。

中野の剣道、怖かったって。

よけるだけで精いっぱいだったって。

初めて遭ったって、そう言ってましたね」


敷石ケ濵が?

よけるだけで精いっぱいだった、って、あの時 全然攻めてこなかったのは、初めて 流れを見て

戸惑っていたということか。


「敷石ケ濵さんは、田坂さんの流れは見えてなかったんですか?」


「あぁ、そうですね。

敷石ケ濵、転校してきたんで、あの時点では、私も敷石ケ濵と対したことはなかったですかね。

あの試合の後で、全国大会に向けて男子と一緒に稽古するようになって、えっ?田坂も?って、驚いてましたけどね」


直接、対戦してみないと、わからないのか。


ってゆうか、俺、田坂をこてんぱんにするつもりだったのに、逆にされてんだけど!

これで終わらせる訳にはいかないだろ!!


「田坂さん、最後にもう一本お願いできますか?」


「はい。やりましょう」


これは、試合じゃない。

だけど、絶対に勝つ!!

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