第69話 田坂朋徳 4

 竹刀を合わせ、お互いに、蹲踞そんきょして竹刀をおさめ、立ち上がり5歩後ろに下がり礼をした。


そして、その距離で向き合い正座して、面をはずした。



「倉田さん、さすがに打ちが鋭いですね。

スパン!スパン!!と、飛んでくる感じでした」

 

面を外した途端に田坂はそう言った。


「いや、そちらこそ、田坂さん、やっぱりお強いですね。

最後の打ちは、ご自身の胴が入ったと思われますか?」  


「いえ、面をしっかりくらった感じでしたし、タイミング的には相打ちかと思いますね」


それは、同感。

ってことは、まだ勝負はついていない。

  

「もう一本お願いしても大丈夫ですか?」


「はい、もちろん。

せっかくの機会なのに、5分一本じゃ、もったいないですからね」


もったいない、か。


もう1度、面をつけて、また5分やった。


『パワー系の力強い剣道、の割りに、小ワザもきかせてきたり、スピードもある。

で、見えない位置から小手がくる。

その小手をさばくのに気を取られ過ぎて、面か胴をくらう』


って、村木先輩の田坂に対しての分析。

村木先輩がそう言っていたと、この前 松井田先輩に教えてもらったが、本当にそんな感じ。

いや、高校の頃より、数段パワーは増しているだろう。

これ、子どもの相手をしているだけの動きじゃないって!!


どちらも決まり手がなく、5分が終わった。


 

先ほどと同じように、正座して面を外した。

 


「ゆきの剣道をどう思っていましたか?」

唐突に、俺はそう言ってみた。


「中野の剣道……

今は、もうやられてはいないですか?」


「はい、高校の大会の個人戦で負けて以来、竹刀も握ってません」


「そうですか……あの試合以来……

うちの敷石ケ濵との試合ですね」


「あの試合は見ていらっしゃいましたか?」


なんて答えるのかな?


「えぇ、見てました。

すごく、惜しい試合でした。

いい当たりも何本もあったし。

本当に……中野は、悔しかったと思います」


「ご自分の高校の敷石ケ濵さんが勝って、佐古としては良かったんじゃないですか?」


「佐古としては、そうです。

佐古の部長としては、よくやった!と、敷石ケ濵をねぎらうところでしょうね。

ですが、私は、中野のところへ駆け出していました」


えっ?

それ、言うんだ?


「一階に降りて行ったら、松井田くんが中野を抱きしめていた。

私は、何しに来たんだ?って、馬鹿だなと思いましたよ。

中野には、梅原に、中野の為に、涙を流してくれる仲間がちゃんといる。

自分の出る幕ではなかったと、思い知らされました。

倉田さんも、駆けつけていましたよね?」


「えぇ。

あの時、俺も、松井田先輩もいなかったら、ゆきのことを抱きしめましたか?」


「あははっ!どうでしょうね?

仮定の話になってしまいますからね。

近くに行って、声を掛けて、励ましたかもしれませんけど。

ひろのカノジョを抱きしめるってゆうのは、できなかったんじゃないかな~。

あ、最初の質問ですが、中野の剣道をどう思っていたかって。

好きでしたよ。大好きでした」

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