第62話 波風たてずに

 俺は、だいぶ迷って、矢沢弘人に電話することにした。


「あれっ、久しぶりじゃん!元気?」


矢沢は、友達と話すかのようなテンションだった。


「はい、元気です。

いつぞやは、おごっていただいて、ありがとうございました」

と、俺が言うと、


「そんな、大したことないよ。

あれは、俺がメシ誘ったんだし~。

で、なに?」

と、聞かれた。


「田坂朋徳……で、合ってますか?」

直球ストレートを投げてみた。


「は? あははっ!

どっから出てきたんだ?その名前は~?」


「合ってますよね?」


「何が合ってるって?」


「だから、ずっとゆきの心の奥にいる人ですよ」


「あははははっ!!

ってかさ~!!俺、言ったよね~?

ゆきを失いたくなかったら、これ以上詮索しない方がいいってさ~。

あれからも、いろいろ調べまくってるってことだよな?」


「ゆきを失いたくなかったら、ってゆうのも、どうゆう意味なんですか?」


「じゃ、たとえばだけど、ゆきがずっと好きなのが、朋徳だとしてさ~、ゆきに直接聞くの?

あなたの好きな人は、田坂朋徳なんですか?

って?

で、そうですけど!って言われたとしたら、それで、どうするってゆうんだよ?

フタをしている気持ちを、解き放つようなもんなんじゃん?」


「俺は、知りたいんです!!

ゆきが、本当は誰のことが好きなのか!!

どうして、その人のことが忘れられないのか!!

その人を忘れられないのに、なんで俺と結婚したのかを!!」


「だからさ~、マジでめんどくさいね~!!

キミって。

朋徳は、俺の保育園からの親友。

中1の時、親友が好きになった初恋の相手を、いつも一緒に見ていた。

その初恋の相手を、俺はどうしようもなく好きになってしまった。

で、まぁ、すったもんだで、俺が手に入れました!とさ!!

はい、おしまい! めでたし めでたし」

フザけた口調で言った。


田坂が親友なんだ?

田坂の初恋が、柚希だったのか。

田坂が、柚希のことを好きだったってことは、はっきりしたな。


「田坂が矢沢さんの親友なんですか?

矢沢さんが、ゆきと つきあってからもですか?」


「あぁ。まぁ、そうだね。

朋徳は、俺と違って、寛大だからね。

今も、連絡 取り合ってるよ」


今も……


「ゆきが、田坂を好きなことは、最初から知っていたんですか?」


「めっちゃ誘導尋問じゃん!!

う~~ん。

なんて、答えるかな~。

まぁ、いっか。

そうだな~。

最初に言われたよ。

田坂のことが好きだけど、片思いで、つらいんだって、ね。

だから、朋徳のことは、忘れさせてやる!!ってね、かっこつけてそう言ったよ。

あははははっ!

結果、4年半つきあってたけど、ゆきの心の奥から朋徳を追い出すことはできなかった。

はい!!これが、失敗例!!

キミはさ、ゆきとつきあって、結婚して、子どもにも恵まれて、それなりに幸せな結婚生活を過ごしてるんだろ?

だからさ~、もうこれ以上 いちいち掘り返すなよ~」


たぶん、それが正しい。

波風たてずにいたら、平穏な結婚生活を送ることが出来るだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る