第59話 中野先輩の最後の試合

 柚希の最後の試合。

佐古の敷石ケ濵との個人戦の1回戦。



 女子の試合、試合コートの体育館には入れなかったから、階段状になっている観客席の、第4コート近くの一番前の席に座った。


松井田先輩が、ドカッと重そうなリュックを足元に置いて、俺の隣りに座ってきた。


第4コート近くのこの場所に座るってことは、

中野先輩の試合を見る為だなと思った。


佐知香の試合も第1試合なのに、そっち応援に行かないのか?って思ったけど、聞かなかった。



第1コートから第4コートまで、第1試合が同時に始まった。


中野先輩の動きはいい。

敷石ケ濵は、ちょこまかと動く、防御に徹しているような感じ。

よける、かわすがうまい。


中野先輩は、どんどん攻めて惜しい当たりが何本もあったが、決めあぐねていた。


両者一本も決まらず、4分が経ち、延長戦になった。


相変わらず、敷石ケ濵は のらりくらりと、防御に徹している。

様子を見ているというには長すぎるくらい、攻めてこない。


延長も残り時間少なくなってきて、中野先輩も、焦ってるというより、少し苛ついてるような感じだった。


落ち着け!落ち着け!と、隣りの松井田先輩が声を出した。


その瞬間


「あっ!!」


と、俺と松井田先輩の声が重なった。


誘われた!!


と思った。


時間で言ったら、ほんの数秒くらいの出来事。


ずっと防御だけだった敷石ケ濵が、面を打つかのような動きで竹刀をクイっとあげた。


中野先輩のスピードだったら、面を打たれる前に出ばな小手の方が先にとどく。


その、出ばな小手がくるのを見越したように、クルッと手首を返して胴を打ってきた。


相打ちのようにも見えたが、審判の旗は、3人とも白をあげていた。



胴あり!勝負あり




俺は、ぼう然としていた。


「う、う、ゔぅーー!!」


その声に、ハッとした。


隣りの松井田先輩がタオルで顔を覆いながら、

嗚咽をもらして泣いていた。


えっ?


松井田先輩が泣いてるところなんて、初めて見た。 


松井田先輩は、座っていた座席を握りこぶしで

ガン!と叩くと、立ち上がって走り出した。


俺もつられるように立ち上がり、自分と松井田先輩の荷物を持って、先輩のあとを追った。



 

松井田先輩は、一階の通路の壁に寄りかかるような格好で泣いていた。


近づくと、


「ちょっと!松井田!大丈夫?」


って声が聞こえて、そこに中野先輩がいることが、やっとわかった。


松井田先輩のデカい体に隠れて、全く見えない。


壁ドンとゆうか、壁ぎわでガッツリ中野先輩を抱きしめていた。


そして、号泣している。


「ごめんね!松井田!練習いっぱい付きあってもらったのに、こんな情けない試合で」


「うう、ゔーー!!」


「あはははは!ねぇ!なんで松井田が泣いてんのー?

私、応援する方にまわるから、松井田は勝ってね!!」


そう言うと、抱えていた面の中に入れてあった小手を握って、思いっきりバコっ!!と松井田先輩の頭を叩いた。


「イター!」 


そう言って、松井田先輩は両手で頭を押さえた。


「あはははは!」


中野先輩は笑いながら、壁と松井田先輩の間からすり抜けて出て、女子の控え室へ歩いて行った。

涙は、なかった。

むしろ、すっきりしたような表情だった。



俺が見ていた光景は、こうだったが……



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