第52話 結婚記念日
6月
10周年の結婚記念日
柚希と結婚して10年が経った。
俺は36歳。
長男の峻は8歳、次男の奏は3歳になった。
「今 終わったから、時間通りで店の前で待ち合わせしよ」
と、柚希に電話した。
今日の為に、いろいろとリサーチして、ちょっといいレストランを予約した。
と言っても、子ども連れでも大丈夫そうなところだけど。
外壁にぎっしりとツタの葉が絡みついている、古そうな建物のこじんまりとしたフレンチの店。
店に入ると、モスグリーンのジャケットの中年の店員さんが出迎えてくれて、予約席のテーブルに案内してくれた。
落ち着いた内装。
壁には額に入った絵画が何枚か飾られている。
ステンドグラスの窓もきれいだ。
店の真ん中にグランドピアノが置かれている。
「素敵なお店だね」
と、柚希が俺に微笑みかけた。
「いつも仕事帰りに、店の前を通るんだけど、結構お客さん入ってんなぁって思ってたんだ。
なんか、高そうだから連れてこれなかったけど、10年の記念日だからね!いいかなと思ってさ」
と、小さな声で言った。
「高いの?」
柚希も小さな声で俺に聞いた。
「それがさ、電話して聞いてみたら、意外とそうでもなくて、7000円のコースからあってさ、あっ、でも今日10000円のコースにしちゃったけど。
あと、おこさま用のメニュー3000円のセットを2人分」
「ありがとう。とおる」
「ううん、こちらこそ。
いつもありがとう ゆき」
「ね~~!!ママ~~!!ドリンクバーないね!!」
と、キョロキョロ見渡しながら、峻が言った。
「あはははは!レストランって言ったら、いつもファミレスだもんな!
峻、ここは高級レストランなんだよ!」
と、俺は言った。
「こーきゅー!!こーきゅー!!」
と、奏が手を叩いて笑うから、俺もつられて笑った。
ちょうど、前菜とお子様メニューのプレートが運ばれてきた。
「うるさくて、すみません」
と言うと、
「全然 大丈夫ですよ。
皆さん思い思いにお喋りを楽しんでおられますので、お気になさらず」
と言ってくれた。
客は、うちの他に3組いた。
いかにもデートという感じの若いカップル。
お父さんお母さんと、中学生くらいの女の子。
男女6人の中年グループ。
このグループが、割と大きな声で話が盛り上がっているので、多少子どもが騒いでも平気かなと安心した。
美味しい料理だった。
子供が生まれてから、こういうちゃんとしたところで柚希と食事をするの初めてだな。
独身の頃は、デートでフレンチやイタリアン、懐石料理のお店とかも行ったりした。
俺ひとりなら、ファーストフードでも、ラーメンでも、全然いいんだけど、柚希を連れて行くならって、オシャレなお店をリサーチしていたな。
結婚して子供が生まれてからは、外食自体も減ったし、行くとしても、ファミレスか、回転寿司か、ショッピングモールのフードコートくらい。
柚希は、自分から あぁしたい、こうしたい、あそこへ行きたい、とか、望みを言わない。
どこへ行きたい?って聞くと、とおるはどこへ行きたいの?と、聞き返される。
だから、今回の結婚記念日の食事は、俺が勝手に決めたけど、柚希も喜んでくれて良かった。
メインの肉料理の皿が運ばれてきたところで、ピアノとフルートの生演奏が始まった。
近くの音大に通う学生さんだという。
わぁ!!と、柚希は、嬉しそうに聴いている。
生演奏って、なかなかないよな!
この店を選んで良かった!
何曲かやったあとに、リクエストの曲を演奏してくれると言う。
フルートのおねえさんが俺らのテーブルに来てくれた。
「なにか、リクエストはありますか?」
「なんでも出来ちゃうんですか?」
と、聞いてみた。
「ビートルズや、ディズニー系、スタジオジブリとかなら何でも出来ます!」
「へぇ~!すごいですね!!なにがいいかな~」と、柚希の顔を見た。
「う~ん、そうだね。 迷うね」
と、柚希が言うと
「星にねがいを!!ママが好きな曲だから!」
と、峻が言った。
「はい!できますよ!」
おねえさんはニッコリ笑ってそう言うと、ゆったりとした感じで、フルートを吹き始めた。
星に願いを
これは、確かディズニー映画のピノキオかなにかの曲だったか?
観たことないな。
ママが好きな曲だからって、峻は言ったけど、
俺は知らなかった。
フルートの演奏が終わって、峻も奏も すごいねすごいねと拍手した。
「峻、ありがとね。
ママの好きな曲を頼んでくれて。
すごい、うれしかったよ」
と柚希が言った。
「いいんだよ。
だって、今日は、ママとパパのおめでとうの日なんだから!」
まっすぐな瞳で、柚希を見ている。
優しい子に育っているな。
柚希が、しっかりと子育てをしてくれているからだな。
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