第51話 松井田先輩 2
「中野は今はもう剣道はやってないのか?」
「はい、やってないです。
あの、最後の試合以来、たぶん竹刀さえ握ってないです」
「そうか。
それなら、それでいいんじゃないか?」
「そうですか?
俺は、ゆきにもう1度剣道をやってもらいたいって思ってますけど。
ゆきの剣道、好きだったんで」
「それ、中野に言わない方がいいと思うな」
「言ってないですけど、なんで?
言わない方がいいですか?」
「いや、そこら辺は、夫婦の会話としては、別にありだけどな。
なんてゆうのかな~、必死にやってた感があんじゃん。
悲壮感を感じたよ。
今やってないって聞いて、良かったな~って思っちゃったもん。
なんか、自分に厳しくて、自分を追い詰めちゃうようなところあったから。
もうやめたってゆうなら、それはそれで良かったなって思ったよ」
自分を追い詰めちゃうようなところ……
確かに、足を引きずりながらやってたな……
「中野の最後の試合の相手、敷石ケ濵って言ったか、あいつ知ってる?
大学選手権4連覇だったんだ!!
で、同じ大学のやつと学生結婚して、すぐ別れたとか?って聞いたけどな。
なんか、規格外の強さで、破天荒な感じだったよな~」
えっ?
独身って、バツイチかよ?
「うちの弟、教員で、今 佐古高校で剣道部の顧問をしてるんですけど、敷石ケ濵さん一昨年からコーチで来てもらってて、その縁でゆきに会いたがってるって聞いて、ランチしたいって言われて」
「へぇ~、そりゃまた。
で、中野は行ったんだ?」
「はい。恋バナしてきたって、楽しそうに帰ってきましたよ」
「恋バナ?あははっ!そうゆう感じかよ?
まぁ、中野の中では、あの時のわだかまりとかはないってことか?」
「はい。そんな感じです。
丁度いい引き際だったって言ってました」
「丁度いい引き際か。
それを言われるとな、俺は引き際ってやつがわからなくて、今でもやってるって感じだからな」
「あぁ、それは、俺もです。
剣道で大学入ったってのもあるし、警察官になったのも、剣道続けてたのの延長で。
で、今もやってるって感じなので」
松井田先輩は、焼酎にかえて水を飲むようなくらいに飲んでいる。
でも、顔色もテンションも特に変わらない。
酒強そうって思ってたけど、やっぱ強いんだな。
「松井田先輩て、矢沢先輩とクラス一緒でしたっけ?」
「あぁ、一緒だったよ。
って言っても、つきあいはまったくないけどな。
当時も、話したこともなかったんじゃないかな~。
なんか、敵視されてたような気がするな~」
「あっ!それ、なんですけど!
ついこの間、矢沢弘人と飲んだんですよ!」
「は?矢沢と?あははっ!!
妻の元カレとって、どうゆうテンションで飲むんだよ?」
「あ、いえ、ってゆうか、俺、だいぶ異常なんだと思います。
ゆきの元カレ全員に会いに行きましたから」
は?
と、言って、松井田先輩は固まった。
「俺は、中野の元カレじゃないからな!!」
「あははっ!わかってます、わかってます!
松井田先輩とは、なんもないのはわかってますよ。
でも、ゆきといつも稽古してた。
ゆきは、松井田先輩のこと信頼していたと思います」
「信頼?
そんなこともないだろうけど。
まぁ、なんてゆうのか、ほとんど喋ったことはなかったよ。
剣道の話以外はな。
ってか、話しそれちゃったな。
矢沢と飲みに行って、どうしたって?」
「あ、はい。
矢沢弘人が言ったんです。
‘’ゆきの心の奥にいたのは、俺じゃなかった‘’
って」
「はっ?矢沢がそんなことを?
ってか、矢沢以外に誰がいたってゆうんだよ?
あんな超イケメン彼氏。
あれ以上の男いないだろ?
中野、人見知りの男嫌いみたいな感じで、部活以外の男子となんて喋ったことね~んじゃね~?」
「えぇ……
その、部活の男子ですけど……
矢沢弘人は、こうも言いました。
‘’俺は剣道やってる奴には勝てないと思っていたよ‘’ って」
「剣道やってる奴には勝てない?
勝てないって、何が?」
「ゆきの心の奥にいる男が、剣道をやってる奴で、そいつには勝てないと思っていた。
と、いう意味なのかと思ったんですが」
松井田先輩は、何も言わず、ただ見つめ合ってしまった。
「それで、思い当たることって、なにかありますか?」
「う~ん……
思い当たることか……
ってかさ、さっき俺、矢沢に敵視されてたって言ったけどさ、俺だけじゃなかったって思うわ。
俺よりも、村木の方が、佐久間もかな?
あ、俺、今思い出したけど、体育の授業中に、
俺の女にちょっかい出してんじゃねーよ!!って急に言われたことあったな!!
は?ちょっかいなんて出してねーけど!!
って言ったら、
押し倒してんじゃねーよ!!って言われたんだ。
押し倒す?って、剣道の話か?ってさ。
矢沢ってさ、一見 人当たりよくて優しい感じだけど、なんてゆうのか、裏表激しいんだよな。
剣道部の男子には、当たりがキツかったって思うな」
「あ、矢沢本人が言ってましたけど、性格悪いのをゆきにバレないように、猫かぶってたって」
「あははっ!!確かに確かに!!
あれは、猫かぶってるって表現が正しいな!!
中野の前では、理解ある優しい彼氏ってゆう風に演じてたんだろ。
あ、王子さまやってたしな!!
普段から、中野の前では、王子さまやってたんじゃないのか?
それなのに、中野が別の男を想ってたとしたら、そりゃ切ないな~。
って、それは、矢沢の妄想だろ?」
妄想……
そうかもしれない。
勝手に、見えない敵を創り出していただけなのかもしれない。
それは、俺も、そうなのかもしれない。
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