第50話 松井田先輩

 「俺らが高1だった時の話か~。

って、軽く20年前の話だからな~。

だいぶ、記憶あいまいだぞ!」


そう前置きをして、松井田先輩は話し始めた。


「中野って、華道部とかけもちだったじゃん?

最初に華道部に入ってて、週1で物足りないって、剣道部に来たんだよ。

酒井先生も、最初は、は?って感じだった。

梅原の剣道部なめてんのか?って感じでね。

でも、お願いしますって、中野粘り強くてな。

3年の先輩たちが引退した後くらいだな、やっとオッケー出てさ。

ほらっ、おまえらの指導係も中野やってたけど、あぁゆうやつ、走って、素振りして、それから道場入るってゆうのをずっと続けてたな。

本来あれは、3年の先輩が抜けるまで道場が手狭だからって体力づくりって名目でやらせてるだけだけどさ。

それをやってないからって、1人早く来て やってたよ。

中野って、人見知りじゃん?

特に男子は苦手だって、近寄ってもこないし、

必要なこと以外 話もしなくて。

稽古終わったら、道場のぞうきん掛け、もくもくとやってたよ。

おまえらの時は、モップ掛けでいいよ~って、なったけどな、あの時は、たぶん新入りイジメみたいな感じで、ぞうきん掛けやれって、女子の先輩に言われてた。

中野1人でやってたからさ、俺、あ、俺じゃないな、村木がさ、中野に声かけて、一緒にやるよって。

で、村木と俺も一緒にぞうきん掛けやり始めて。

そのうち、佐久間とか他の男子も始めて、女子も始めて、1年生全員でやるようになった。

ありがとうって、初めて笑った顔を見たよ」


今、松井田先輩が話したことは、容易に想像がつく感じ。

ぞうきん掛けをしろと言われたら、はい!と言って、1人でやるだろうな。


「秋くらいだったか、冬近かったかな。

中野が初めて俺に声を掛けてきたんだ。

松井田くん、お願いがあるんだけど、面打ちを受けてくれない?

みたいな言い方だったかな~。

すげーびっくりしてさ。

俺?なんで俺?って。

それで、なんて言ったんだっけかな…………

きれいな流れだから?みたいなこと言ったんだよな」


きれいな流れだから?

って、なんだ?


「中野の剣道って、すげーきれいな剣道だったじゃん?

俺もそうだって言うんだよ。

えっ?って思ってさ。

俺の剣道は、きれいって感じじゃなくて、ただただ力わざのパワー系だと思ってたから。

だけど、なんてゆうのかな、すげー嬉しくて、俺を選んでくれた!みたいに、なんてゆうか、

ちょっとな、勘違いしたわ。

俺に気があるのかな?ってな。

あははっ!!勘違いだぞ!!

中野が俺を誘惑してきたわけじゃないからな!!

ってか、矢沢ってゆうイケメン彼氏がいたから、俺じゃないってのは、わかってたけどな」


松井田先輩は、ビールをグビグビ飲みながら話し続けた。


「中野の相手をするようになって、これ、説明 難しいけど……

川の流れみたいなのが見えるようになった」


「川の流れ?」


「あぁ、倉田もよく中野とやってただろ?

川の流れ見えなかったか?」


川の流れ?

意味がわからない。


「川の流れみたいって、比喩ですか?

流れるようなきれいな剣道ってゆう」


「いや、う~ん……比喩じゃなくてな……

う~ん……川の流れがザーってくるんだよな~」


「面打ちで?」


「そう、流れがきて、面打たれて残心されてるって感じ。

これ、この感覚、中野としかなかったな。

この話しを誰かに話したこともなかった。

うまく、説明できないしな。

でさ、話し戻るけど、俺の剣道がきれいな流れだってゆうんだよ。

きれいな剣道っていうならさ、村木の剣道ってきれいな剣道じゃん!

正統派ってゆうのかな?

だけど、中野に言わせると、俺が1番近いって」


「近い?何に?」


「それが、よくわかんなかったんだよな~。

なにか、に、近いって言ったのか。

誰か、に、近いって言ったのか。

とにかく、中野には、中野にしか感じとれない何かがあって、なりたいもの、目指すものってのが、明確にあるんだって感じたな。 

ってか、意味わかんねーだろー?

俺も今自分で言ってて、全然 意味不明じゃん!!って思うもんな~!!

まだ、酔っ払ってるわけじゃねーからな」


清らかな川の流れ、のような、きれいな打ちをする人


最初見た時に、そう感じたな。


だけど、松井田先輩が言うような、川の流れを見たことはなかった。



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