第42話 須藤桂吾の想い

 夜勤明けで家に帰った。


リビングに行くと、小さな音量で音楽が流れていた。

これは、ピアノとバイオリンのアンサンブルというのか?

ちょっと俺は詳しくないのだけど。


「ただいま。 これ、Realの?」


「おかえり。 そうそう、これね!

桂吾とShunさんのCD聴いてたよ。

コーヒーいれるね」


そう言って席をたった。


リビングに子ども布団を敷いて、奏は眠っていた。

朝からひと遊びして疲れて寝ているのだろう。

峻は小学校へ行っている時間だ。

柚希は、朝早くから食事の用意をして、峻を送り出し、洗濯をしたり、掃除をしたり、奏と遊んで、今やっとイスに腰かけたところ、という感じだった。

テーブルの上には、カップの中の紅茶が半分。

花の写真集が置かれている。


「はい、どうぞ」


そう言って、俺に淹れたてのコーヒーを出してくれた。


「ありがとう。

せっかく、くつろいでたところ、ごめんね」


「ううん、とおるの方こそ、お疲れさま」


柚希は、優しい。

自分のことよりも、いつも家族のことを優先してくれる。

昔からだけど、今も花が好きで、テーブルにも花を飾ってくれてる。

そして、この花の写真集をよく見ている。


「あっ、内緒にしてたわけじゃないけど、これ、桂吾の写真集だから」


けいごの写真集?

って、意味がわからなかった。


須藤桂吾の趣味が写真で、この花の写真集は須藤桂吾が撮った写真なのだと。

3年前くらいの出版。


別にこれを隠し持っていたわけでもない。

これが、テーブルに置いてあるのもよく目にしていた。

ただ、俺が興味なくて、手に取ることがなかっただけ。



【 LOVE……Flower for you 】

keigo sudo  From Real


あっ、ほんとだ。

普通に書いてあるんじゃん。


タイトルも名前も、手書きの筆記体で書いた文字をそのまま使っている。

見ていたけど、筆記体の文字を読もうという気で見ていなかった。


はい、と写真集を渡された。


見ろ、と?


1枚ずつ めくって見た。

すごくキレイな写真。

柚希が好きそうな花たち。


花の名前と、花言葉と、2行くらいの詩が書かれている。


これは、須藤桂吾の直筆なのかな。


最後のページにあとがきが書かれていた。

これも、須藤桂吾の自筆。


『大好きだった人が、花が好きな人でした。

その頃は、俺は全然 花に興味なくて。

だけど、今は、花の魅力が少し わかったような気がしています。   須藤桂吾 』


これ……

もう既に、須藤桂吾の想いは、柚希に伝わっていたんだな。


柚希は、うかれることも、うぬぼれることもなかった。

浮気に走ることもなく、俺と、子どもたちに愛情をそそいでくれていた。


もう終わったことに、心を奪われることはないということか。


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