第40話 ゆきにとって

 3月30日

予定通りに、柚希は子どもたちと家へ帰ってきた。


はい、これお土産ね~、と、柚希の実家近くにある和菓子屋さんのロールケーキを買ってきてくれた。

これは、前に食べて、俺が絶賛したやつ。


柚希の態度は、何も、なんにも変わらない感じ。

俺も、普通に接した。


 夜になって、子どもたちを寝かしてから、柚希に話したいと言った。


「ゆき、ゆきにとって、須藤桂吾って何?」


柚希は、俺の顔を見上げた。


「Realのライブに行ってもいいかって、とおるに相談すべきだったのに、ごめんなさい」


「そんなことじゃなくてさ。 責めてるわけでもないよ。 ただ、教えてほしくて」


柚希は、うーーん……と、眉間にシワを寄せた。


「とおるは、桂吾を、私の昔の彼氏だって思ってるんだよね?」


思ってるんだよね?

って?

そうだろ?


「違うの?」


「私の認識とは違うんだよね」


認識と違う?


「結婚前、あ、つきあうことになる前に、私のことを友達に調べてもらったって、あの 調査報告書だけど。

本当に、ことこまかに書かれてたよね?

私の男性遍歴。

矢沢弘人と別れて、2人目の彼氏 須藤桂吾って書かれてた。

警察が調べれば、そうなるのか~って思った」


「警察が調べれば、そうなるのかって何?」


「関係があった……のは事実だけど、彼氏ではなかったよ。

私、桂吾の誕生日も、おうちの場所も、携帯の番号さえも知らなかった。

桂吾がバンドやってるのを見たこともなかったし。

それを彼氏なんて言える?

バイト先で毎日顔を合わせるから、一緒に飲みに行ったりしてたけど。

それだけ。

桂吾って、あの当時からすごくモテモテで、桂吾目当てのお客さんがいっぱい店に来ててさ。

桂吾は、その子達とも遊んでたし。

いつも周りに女が大勢いて、だから、私、その大勢の女の中の1人にすぎないって思ってたよ。

俺の彼女になれよって言われたこともあったけど、それはみんなに言ってるんだと思ってたし。

‘’彼女さん‘’ って言われてる人が駅ビルの違う店にいたし。

あとあと聞いたら、ハトコのお姉さんだったみたいだけど。

とにかくね、私は、桂吾のこと、何も知らなかった。

大勢の中の1人って立ち場で、つきあっていたんだと思う。

桂吾のことを ‘’彼氏‘’ って思ったことは1度もなかったな」


そうなのか?


「でもね、桂吾には本当に感謝してる。

短大の2年間って、私、メンタル的にすごく落ちてたから、桂吾が私に寄り添って、優しく接してくれて、それでどうにか保っていられたんだと思う。

本当に、ありがたかった。

だけど、それを伝えることもなく、バイトを辞めて、会うこともなかったから、申し訳なかったとも思ってたよ」

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