第10話 俺の方が

 中野先輩と矢沢弘人のキスを目撃してから、俺は中野先輩への想いを諦める方向にしようと思った。

こんなん、100パー勝ち目ないし。

だけど、そうは思っていても、部活に行って、先輩の姿を見ると、そんな気持ちは いとも簡単に揺らいでしまう。

 

中野先輩は、剣道場に入るとスイッチが入るのか、キリッとしている。

背すじがピッとしていて姿勢がいい。

あ、そう!凛としているって表現があってるのかな。


たま~に、寝不足っぽい時や体調が悪そうな時もあったけど、道場に入ると全くそれを感じさせない。

道場にいる時の中野先輩からは、矢沢弘人って彼氏の存在は全く感じられなくて、そんな先輩の剣道の相手をさせてもらえることが、幸せだななんて思ってしまっていた。


ある日、渡り廊下を歩いている時、足を引きずりながら歩いていた。

部室で道着に着替えて、道場に来た時は、足にテーピングをぐるぐる巻いていた。

足の裏の皮がむけて、それでも稽古を休まないから、その下の軟らかい皮がまた更にむけて、歩くだけでも痛そうだった。

裸足でやる剣道にとっては、足の裏は何より大事な部分だ。

踏み込むのも、踏ん張るのも、とにかく足が大事。

テーピングは、すぐにズレて、とれてしまう。

途中で、何度かテーピングを巻き直していた。

少し休めばいいのにな。

そんなことを俺が言える立ち場ではないことは

わかっている。

中野先輩は、自分に厳しくて、決して弱音を吐かない。

たぶん、彼氏の前では、こんな痛々しい姿は見せないだろう。

だから、矢沢弘人は、こうゆう中野先輩の姿を知らないはず。


俺の方が、先輩の近くにいて、先輩の本当の姿を見ているんじゃないのか?

俺の方が、矢沢弘人よりも先輩の彼氏にふさわしいんじゃないか?

あんな女ったらしの矢沢弘人よりも、俺の方が、中野先輩だけを想っていられるのに。




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