第32話 実家へ帰省

 年末に実家へ帰省した。

いつも大体、31日に長野の俺の実家に帰り、

年明けて新年のご挨拶に柚希の実家へ行って、

子どもたちにお年玉をもらったりする。

で、その足で善光寺へ初詣に行ったりして、2日くらいに神奈川に帰ってくるってのが最近のパターンだ。


今回は、31日に敷石ケ濵さんとランチに行ってくるから、子どもたちをよろしくね、と言われた。

俺も一緒に!って言いたかったけど、さすがにうっとうしいかと思って言わなかった。


柚希が出たのと入れ違いに隼が帰ってきた。

隼は、まだ独身で、勤務先の佐古高校の近くで、アパート暮らし。


「ねー!俺、全然知らなかったんだけどー!!」


と、俺の顔を見るなり隼は言った。

あぁ、柚希のことだよな?


「敷石ケ濵さんって、大学選手権も四連覇とかした人なんだけど、その敷石ケ濵さんが印象深い試合って、高校3年生の時の、長野の地区大会の1回戦の相手、梅原高校の中野柚希さんって言ったんだよ!!

最初、俺、スルーして聞いてたもん!!

で、えっ?待って?それって、姉さん?ってさ!!」


敷石ケ濵にとって、あれが印象深い試合だったのか?


あの時の試合は、俺も忘れられないけど……



敷石ケ濵は、その年、何ヶ月か前に九州から引っ越しして来たのだとあとで聞いたが、その試合で初めて敷石ケ濵の剣道を見た。

全くのノーマークだった。

強そうな感じはしなかった。

小柄だし、動きも、さほど早くはないと思った。

柚希の方が断然早いし。

敷石ケ濵は、まったく攻めてこない。

柚希は、ガンガン攻めていて、惜しい当たりも何本もあった。

敷石ケ濵は、よける、かわす。

柚希も一本を決めあぐね、試合は延長戦になった。

延長戦も残り時間わずかとなった時、敷石ケ濵は動いた。

面を打つように竹刀をクイッとあげた。

そこを、柚希はすかさず出小手にいった。

敷石ケ濵は、その小手を払うようにクルッと手首を返して、胴を打ち抜いた。

鮮やかだった。

俺が見ていた位置からは、柚希の小手と、敷石ケ濵の胴は相打ちのようにも見えたが、審判の旗は3本とも白があがり、敷石ケ濵の一本勝ち。


それが、柚希の剣道人生最後の試合。


ショックだった。

俺の隣りで、松井田先輩も声を上げて泣いていた。

でも、何百倍も柚希本人が1番悔しかっただろう。

だけど、柚希は泣かなかった。


「足りなかった」


と、言っただけだった。



 こんな17年も経って、敷石ケ濵と何を話すと言うんだろう。

悔しかった気持ちを思い起こして、暗い気分になるだけなんじゃないのか?

落ち着かない……

早く帰ってこないかな。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る