第30話 しきしがはまりょうこ

 珍しく弟の はやとから電話がかかってきた。


「兄さんさ、しきしがはまりょうこって知ってる?」


しきしがはまりょうこ

って!!

敷石ケ濵亮子!!


「なんで!!その名前知ってんの!?」


「あっ!!じゃ、中野柚希さんって、やっぱお姉さんのことなんだ!!」



敷石ケ濵亮子

忘れもしない、柚希の剣道人生に引導を渡した相手。

柚希の高3の最後の大会、1回戦の相手が、九州から引っ越してきたばかりだった、佐古高校の敷石ケ濵だった。

柚希は、敷石ケ濵に負けて、1回戦負けで終わり、敷石ケ濵はその大会で優勝した。


「佐古でさ、OBの人にコーチお願いすることになったんだけど。

15年くらい前に優勝した人だって、女子のコーチとして敷石ケ濵さんに来てもらうことになって」


隼は、教員。

今は、佐古高校だったかな。

剣道部の顧問もしている。


「それでさ、敷石ケ濵さん、姉さんに会いたいんだって!」


敷石ケ濵は、ずっと、中野柚希を探していたのだと。

どこかで剣道をやっているはず。

きっと、どこかの大会でまた会えるだろう、と。

だけど、あれから1度も会うことはなかった。


それもそのはず、柚希はあの大会のあと、部活を引退して、竹刀を握ることはなかったから。

それは、今の今まで……


俺は今でも、警察本部の道場で剣道を続けている。

警察官だと、柔道か剣道を続けてやるように推奨されているから。

だから、家に竹刀もあるけど、たぶん、柚希は1度も竹刀を握っていない。

なんなら、さけてる?のか?


あの、1回戦負けは、柚希を深く深く傷つけた。

実質、決勝戦のような試合だった。

決勝で当たっていたら、同じ負けでも、準優勝だったのに……

それを俺が柚希に言うことはなかったけど。

後輩の俺が、先輩である柚希に対して言うことではない。

柚希は、何も言い訳をしない。

ただ、

「足りなかった」

と、言っただけだった……

俺と、柚希の出会いは剣道を通してだし、俺は柚希の剣道がすごく好きだったから、いつかまた柚希が剣道をやってくれたらいいなって思っていたけど……

それを柚希に言うことはできなかった。

無理強いはしたくない。

避けてはいても、嫌いになったわけじゃないよな? 

って、思ってはいるけど。


柚希に会いたいという、敷石ケ濵の申し出を、

柚希に伝えてみると言って隼の電話を切った。

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