第26話 岩田忠志
その日の夜、岩田忠志と会えることになった。
電話をした時も、何なんですか?ってだいぶ不機嫌な感じだった。
岩田の仕事終わりの時間にあわせて、駅近くの割烹料理の店の個室を予約した。
まぁ、こちらが、お呼び立てする立ち場だから、早めに行って待っていたが、岩田は時間キッカリに現れた。
眼鏡の奥からにらんでる。
神経質そうな顔。
いかにもエリート商社マンといった感じ。
「お忙しいところを、お時間いただきまして、ありがとうございます。
お酒は飲める感じですか?」
「電車通勤なので、お酒は飲めますが」
「では、ビールでよろしいですか?」
「えぇ」
エビスの瓶ビールが運ばれてきたから、岩田のグラスにお酌して、自分のグラスに注いだ。
乾杯するわけでもなく、岩田は ひと口で半分くらい飲むと、グラスを置いた。
「私が、柚希さんと別れたのは、◯◯年の6月でしたが、あなたとは翌月の7月から遠距離恋愛を始めたと聞きました。
あぁ、私に対する当てつけなのだと思いました」
と、唐突に言った。
「あてつけ?」
「私が、北海道の女性を好きになって、別れたのはご存知なんですよね?
私が遠距離恋愛すると言ったから、自分もすぐに遠距離恋愛の相手をみつけたんでしょう」
は?
「それは、違います!!
たまたまのタイミングで、私が神奈川から交際の申し込みに行っただけです。
私は高校の部活の後輩で、彼女の誕生日を知っていたので、誕生日の前日に告白しました。
柚希は、あなたへの当てつけなんて気持ちは、まったくなかったですよ!」
「そうですか……
ま、10年前のことです。
今となっては、どうでもいいことですが……」
岩田は、哀しげな目をして、グラスのビールを飲み干した。
俺は、岩田のグラスにビールを注いだ。
「警察官ということは、いろいろと調べた上で、私に会いにいらしたってことですか?」
「はい、一応は」
長い沈黙のあと、ふ~と、息を吐くと、岩田は話し始めた。
「友達の紹介で、柚希さんと出会って、すぐに交際がはじまりました。
私は、女性とおつきあいしたのが初めてだったので、彼女ができたらやりたいことがいっぱいあって、柚希さんはそれに付き合ってくれていました。
旅行に行ったり、コンサートに行ったり、スキーに行ったり、いろんなところへドライブしたり。
私は、ちょっと神経質なところがあるんですが、柚希さんは、穏やかで朗らかで、思いやりがあって、優しくて、一緒にいて とても居心地が良かった」
居心地が良かった……か……
「北海道へ大学時代の友達と旅行に行く時も、
柚希さんも一緒だったら良かったのにって思っていたくらいで。
まさか、私が旅先で恋に落ちるなんて思ってもいませんでした。
それは柚希さんも、思ってもいなかったでしょうね。
真面目で誠実だけが取り柄のような私が、旅先で恋に落ちたって、別れを告げたのですから。
柚希さんは、怒ることも泣きわめくこともなく、わかった、と静かに言いました。
いろいろと、問いただしたかったろうけど、
そっか、わかった、と それだけで別れました。
フッた私が言えた義理ではないですけど、3年近くつきあっていた最後にしては、呆気ない別れでした」
その時の柚希の心情を思うと、胸がギュッと締めつけられるようだった。
別れを切り出されて、イヤだイヤだ、絶対に別れないから!!って言ったところで、じゃ、別れるのをやめましょう、とは、ならないもんね!
別れ際は、きれいな方がいいでしょ?
立つ鳥跡を濁さず、みたいな?
って、言っていたな。
岩田から別れを切り出されて、そっか、わかったって答えるのが、精いっぱいだったって。
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