第13話 先輩の卒業式

 俺は、先輩後輩という間柄でしか、中野先輩と接することはできない。

告白なんてしたところで、玉砕するのはわかっているし、変に意識されて避けられでもしたら最悪だ。

だから俺は、中野先輩に気持ちを伝えることはできなかった。


部活を引退してから、中野先輩は矢沢弘人と一緒に帰るようになった。

相変わらず、矢沢弘人はモテていたが、ラブラブぶりを振りまいていたから、前よりも周りに女はいなくなったようだ。


何人かの先輩は、引退された後も時々道場に来て剣道をやっていたが、中野先輩は1度も来なかった。


中野先輩は、剣道がすごく好きだと思っていた。

すごく、強かったし、上手かったし、続けてやるんじゃないかな?って思っていた。

今は、いったんお休みでも、大学へ行って、また始めるかも。

それが、そうじゃないのか?

先輩は、家から通える地元の短大に行くのだと。

同じクラスの村木先輩が教えてくれた。

中野先輩の成績なら、推薦で行ける大学もたくさんあっただろうに。

家の事情ってことみたいで、はっきりとした理由はわからない。

だけど、先輩が進学する短大では、剣道部はないだろう。

つまり、もう剣道することはないのか?


それと矢沢弘人は、関東近郊の大学へ進学するようだった。

遠距離恋愛になるってことなのか?




 先輩の卒業式、最後の最後、先輩に渡そうと花束を用意した。

先輩は花が好きだと言っていたから。

1番好きだと言っていたのは、トルコギキョウ。

だけど、時期的に?今はないと花屋に言われ、

じゃ、お任せしますと2000円で花束を作ってもらった。

花屋で花を買うなんて、初めて。

出来上がった花束は、思ってたより小さくて軽い花束だった。

2000円じゃ安すぎたのか?

5000円くらい出さなきゃダメだったのか?

買ったことなかったから、相場価格がわからなかった。

この小さく軽い花束が、俺の気持ちと比例していると思われてしまいそうだ……


卒業式が終わり、卒業生は外で写真を撮りあったりしていた。

俺は、中野先輩を探していた。


あ!いた!


「中野先輩!!」

俺が声を掛けると、長い髪を揺らして振り返った。

「あ、倉田くん!」

「ご卒業おめでとうございます!」

「ありがとう!」

にっこりと笑った。

そして、

「倉田くんはさ、私がアドバイスすることもないくらい、いい剣道してるから、相手の動きのよみもいいし、思いきりもいいしね。

私、倉田くんの剣道 好きだよ。

春の大会頑張ってね!

絶対、全国大会行けるから!

私たちの分もリベンジしてきて!

私、応援行くからね!期待してるよ!」

と、また、にこっと微笑んでくれた。


「ゆきーーーー!!」


遠くから、矢沢弘人が呼んだ。


「あっ、えいちゃん!ちょっと待っててー!」

「先輩、これ どうぞ!」

俺は、花束を差し出した。


「えっ、お花 さっき井上さんから貰ったよ」

「あっ、それは女子からで、これは男子からです!」

ウソをついた。


「そうなんだ!ありがとねー!

お花大好きだから、すごい嬉しい!

みんなにもよろしく伝えて!じゃね!」

「お疲れ様でした」


結局、俺は告白することは出来なかった……


「もしかして、告白されてた?邪魔しちゃったかな?」

「違うよ。あはは!

部活の後輩、倉田くん。かわいいでしょ?」

そんな話し声が聞こえた。


かわいい?


1歳下なだけだ。

だけど、中野先輩からしたら、俺は ‘’かわいい後輩‘’ それ以上でも、それ以下でもない存在。


手を繋いで仲良く歩いて行く2人の後ろ姿が、

見えなくなるまで 見ていた。


 

 それからの俺は、剣道に打ち込んだ。

幼稚園児の頃からやってるけど、ここまで真剣にやったことはなかった。

絶対に全国大会に行く!

それだけを思っていた。

全国大会に出場して、中野先輩が応援にきてくれることだけを励みに毎日毎日、本当に本当に、

必死に稽古した。



念願叶って、俺たち梅原高校は、5年ぶりに県の代表として全国大会に出場することができた。


だが、先輩が姿を見せることはなかった。



 

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