旧世界

もっちゃん(元貴)

そこは・・・


ここは、とある町のとある駅前。



「じゃあねー、理子」



「また、明日ねー、舞」



私は、原理子19歳、大学生だ。


友だちの田上舞と一日中遊びまわって、暗くなり始めたので、駅で舞と別れたところだ。


ちょうど、帰る時間帯が、学校帰りにいつものるバスと同じ時刻だったので、行き先を見ずに乗ってしまった。




今日は、お父さん、俊輔の誕生日なのでケーキを買ってきた。


お父さん、喜ぶかなと思いながら席に座った。



駅からバスに乗ったのに、私以外誰も乗っていないことに気がついた。


おかしいなぁ。


いつもならこの時間は、満員で混んでいる時間帯のはずだ。


バスが動き始めた。


運転手が、停まるバス停をアナウンスし始める。


「次のバス停は、舞、舞です!お降りの方はいらっしゃいますか?」



まい? まい‥‥‥


あれ? なぜか頭が少し痛くなり始めた。


確か、さっきまで一緒にいた友達の名前だった気がするけど‥‥‥


「次は、俊輔、俊輔です」


運転手のアナウンスが、また聞こえてきた。


うっ、頭の中が、ぐるぐるしているようで気持ちが悪い。


しゅんすけ? 誰だっけ?


確かケーキをその人に買ったはずだけど、だんだん記憶が薄れていく。


「次は、原、原です」 


また、アナウンスが聞こえてくると、気持ちがさらに悪くなった、意識がだんだん保てなくなってきた。


「ーーーさま、ーーーさま」


ん? 誰かが呼んでいるような———


「お客様、終点につきましたよ、起きてください!」


バスの運転手が、私をどうやら起こそうとしていたみたいだ。


「あっ!すみません!!」


いつの間にか、寝てしまったのだろう?


急いで、バスから出ようと、IC乗車券を取り出したところ


「お代はいりませんよ、もうもらっていますからね」


運転手がそういってきた。


「そうなんですか?」


おかしいなと疑問に思ったが、そのままバスの終点らしいところに降り立った。


降りた場所の辺りを見渡すと、真っ白な霧に覆われていて、遠くまで見えない。


「えっ!ここは‥‥‥ど‥こ?」



「どうも、こんばんは」



見知らぬ若いスーツ姿の男性が、私に声をかけてきた。


ちょっと怖かったが、他に誰もいないので素直に疑問をぶつけてみた。




「こんばんは、あのここは一体どこなんですか?」



「ああ、ここは、ほら、バスに表示されているじゃないですか」


男性が、バスに指を指して教えてくれた。



そういえば、乗る時に見ていなかったな。




バスの行き先を見てみると、そこには、こう表示されていた。




       【地獄行き】




「えっ!!!ここって、地獄なの!?」



私は、驚いて大声で叫んでしまった。



「ハハッ、初めて私が、ここにきたときも、そうやって驚きましたよ!いやー懐かしいなー」


男性が、どこか遠いところを眺めて、過去の思い出を馳せているようだ。


——カツ、カツ、カツ


どこからか、ハイヒールの音が聞こえてきた。



「あっ、女性担当の案内人が来ましたね、あとは、あの人に聞いてください」



「私は、これで、では、またどこかで会いましょう」


「待って!あの、どこにいくのですか?」


また、こんなところに1人は、怖いので、男性を呼び止める。


「私は、男性担当の案内人ですので、女性担当の方が今、来ますので」


男性が、そう言うと、霧の中に消えていった。



若いスーツ姿の30代後半くらいの女性が、男性と入れ替わるように霧の向こう側から現れた。


見たところ私、仕事ができますよ感がある女性な気がする。


「あの‥‥‥あなたは?」



「さっきの人から聞かなかった?案内人よ」



「案内人ということは、いろいろ聞いてもいいですよね?」



「ええ、いいわよ」



「さっきの人にも聞いたんですけど、地獄って、本当に、あの地獄‥‥なんですか?」



「ええ、そうよ、地獄といっても現世とほとんど変わらないと私は思うけど‥」



「戻ることはできるんですか?」



「それは、ムリなのよ‥ 私も何度も戻ろうといろいろ試したけどダメだったわ」


悲しそうな顔をしている。


そんな‥‥‥



どうして、私が、こんな目にあわないといけないの!


「家族や友達が、絶対心配していると思うんです!なんとかなりませんか?」



戻りたいあの普通の生活に———




「ごめんなさい‥‥‥」



申し訳なさそうな顔をしている。



「それは、私にはどうすることもできないわ」




「そんな!!なんで‥‥‥」


今にも泣き出しそうになる理子。


「でも、安心してここもそんなに悪いところではないわ」



「本当なんですか?ここって、地獄なんでしょ?」


怪訝な顔をする理子をみて、若い女性が



「大丈夫よ、不安なら私についてきて、ここが安全なところだと証明するため、案内してあげるわ」



「それは、助かります!」



「そう言えば、名前をまだ伺っていなかったので、聞いても良いですか?」



「私の名前かしら?」



「はい!これからたぶんお世話になると思うので聞きたくて」



「うーん。現世の時の名前は、もう思い出せないのよ、今となっては、昔のことはどうでもよくなったけどね」


もう過去とは決別したような晴れやかな顔をしていた。



「あなたも、もう名前を思い出せないはずよ」


えっ?そんなはずはないと思うけど‥‥



「私の名前、名前‥‥‥あれ‥?」



頭の中が、ぐにゃぐにゃ渦巻いてきた。


気持ち悪くなり、何も考えられなくなる。



私の名前が、なぜか思い出せない。



どうして思い出せないの?両親から授かった大事な名前なのに!




「どうやら、あなたも、やはり名前が思い出せないみたいね、この世界で、現世の時の名前を覚えている人は今までみたことないわ」




「そうなんですか、でも、名前がないと、この世界でも、不便ですよね?」



「そうね、私は、ゆうこって、名乗っているわ、他の人もここに来て新しい名前で生活をしている人がほとんどよ」



「ゆうこさん!いい名前ですね」



「ありがとう、これから何か困ったことがあれば、私に連絡すれば、すぐ来るわ」



助かったー、こんなところに1人でやっていく自信がない。


ゆうこさんの連絡先を聞くために、スマホをカバンから取り出すが、圏外になっている。


連絡先をみてみるが、今まで載っていた友人や家族の名前も消えている。


「ここは、現世と違って、スマホやインターネットは繋がらないのよ、だからスマホは役に立たないの」


「えっ!じゃあ、みんなどうしているんですか?」


スマホがないとは、驚きだ!


「公衆電話や固定電話からしか連絡が取れないのよ、はい、これが私の名刺、横に勤め先の電話番号が書いてあるわ」


ゆうこさんが、財布から名刺を出して、私に渡してくれた。


「ありがとうございます」


受け取って、名刺を見ると地獄安全対策課、迷人案内人係、ゆうこと書かれてある。


裏には、事務所の電話番号が書いてあるが、自宅の電話番号が書いていない。


個人的に電話するときのために、事務所に電話するのは、迷惑だろう。



「ゆうこさんの自宅の電話番号も教えてくれせんか?」


「自宅の?今、事務所に住んでいるから、事務所に電話してくれれば、私が出るわ」



「そうなんですね、わかりました」


財布に名刺をしまった。


事務所に住んでる?寮でもあるのだろうか。



「あと、私も名前があったほうがいいですよね?」



「そうよね、では、ゆいかというのはどうかしら?私の後輩だった人の名前よ」



後輩だった‥‥人?


引っかかる言い方だけど、名前がないと不便だから、その名前を貰おう。


「ゆいか!いい名前ですね、その名前にします!」



「気に入ってもらって良かったわ、ではもう質問は以上かしら?」



「はい!今のところは、以上です」




「では、街を紹介するから、後をついてきてね、決して私のそばから離れないでね、わかった?」


「は‥い、わかりました」



すごい念を押された。


私は大学生だし、はぐれることはないと思うけど‥‥


ゆうこさんの後ろにピッタリついて行き一緒に、霧の中に入った。


すると——


「わっ!すごーい!街があるーー!スーパーもあるし、飲食店も、市役所もある!」


街をあちこち小走りで、見回っていると、


「ふふっ、なんか子供を連れてきているみたいね」



「むっ、ゆうこさん、ひどいです!私は子供じゃありませんよ!」


私がほっぺを膨らませて、抗議をする。



「ごめんなさいね、一年前のことを思い出してうっかり‥ね」


どうしたんだろう?急に表情が暗くなった。


「大丈夫ですか?」


「ええ、気にしないで、次に行きましょう!」


それから、ゆうこさんに、案内をしてもらったけど、現世と一緒で、みんな大人たちは、働いているし、子供は、学校へ通っているようだ。



「あの、さっき現世とほとんど変わらないと言ってましたけど、なにが一番現世と違うのですか?」



「そうね‥‥‥、ほら、あなたの足元にあるでしょ?それがよく道端にあることが、一番の違いかしらね」


ーコツン


なんだろう?なにか足に当たったような‥‥



足元をみてみると、そこには、頭蓋骨が転がっていた。


「いゃぁぁぁーーーーー!!!」


悲鳴を上げて、飛び上がってしまった。




私の悲鳴に驚いた、道を歩いている人たちが、まるで私を不審者のような目で見てくる。



えっ!私がおかしいの?


だって、普通は道端に、頭蓋骨が転がっていたら、誰だって悲鳴を上げるでしょ!


反対側の道にも、よく見てみると頭蓋骨や骨がところどころ落ちている。



「な、な、なんで、こんなところに頭蓋骨が!!!」



「それはね、一日だいたい1人ぐらい、得体の知れない化け物が、人を襲うのよ、その残骸とでもいったほうがいいかしら」


ゆうこさん、なぜ?そんな冷静でいられるの。


「ば、化け物‥‥」


なにそれ!ちょー怖いんですけど‥‥


辺りにいないか、キョロキョロしていると


「大丈夫よ、その化け物、私たちは、見た目からオニと呼んでいるけど、夜遅くの路地裏を歩いていないと遭遇はしないから」


「それなら安心しましたけど‥‥」


ふと、疑問に思った。

 

「これって、そのまま放置されているけど処分とかしないんですか?」




「最初は、処分していたけど、途中で処分が追いつかなくてね、もうみんな慣れっこで、気にしていないから、諦めたのよ」


えーー!そんなのみんな慣れないでほしい。


慣れって、怖い‥‥‥



「私は、慣れそうにないと思います‥」


これから、上を向いて歩こう。


「そう?私は、二、三日で慣れたけど、では、この地獄について詳しく説明するわね」



それから、この地獄で生活するための情報や比較的安全な地域を教えてくれた。


この世界にも、お金が必須だそうで、ないと生きれないそうだ。


また、学校があり、大学もあるから編入することもできるそうだが、私には、お金がないため、大学に通えないし、紹介してもらった住むアパートも最初の一カ月は無料みたいだけど、二か月目から家賃がいるから、働かないといけない。


この世界に慣れるためとお金を稼ぐために、アルバイトをすることを決意した。



ゆうこさんに、働く場所は何処がいいか聞いてみたら、私が昔、アルバイトしていたチェーン店の中華料理イナズマというお店を紹介してもらい、推薦書も書いてもらった。


面接とかあるのかなと思っていたけど、店長兼社長の菅井さんは、ゆうこさんの推薦書を渡したら、すんなり採用してくれた。


なんでも、あのゆうこさんが推薦してくれる人なら、問題ないそうだ。


仕事が、しっかりやれるようなら、すぐにも正社員にするよと言ってくれた。


ゆうこさん、結構上層部の人なのかな?


これで資金面が少しなんとかなりそうだ。



数週間後



アルバイトから正社員になり、この世界に慣れ始めた頃。



「店長、先にあがりまーす!」



「お疲れ様ー、もう今日は遅い時間だから用心して帰ってね、最近はオニがよく出るってニュースで言っていたからね」



「はーい、ありがとうございます!」


店から外に出ると、あたりは、少しの街灯だけで、暗い。


「うー、なんだか1人で帰るのは怖いなー」


辺りを気にしながら、ゆっくり歩いて行く。


誰か他に歩いていないかなと、探していると私が、ここに来て最初に会ったスーツ姿の若い男性が、路地裏の方に何かを持って歩いていくのが見えた。


よかったー、アパートの近くまで、一緒に帰ってくれないかなと聞いてみようと、男性の後をついていくことにしたのだが——



    「ギャーーーーーー!!!」


——ドサッ


なにやら、物が下に落ちる音と悲鳴が聴こえてきたと同時に、何やらコロコロと、私の足下まで転がってきた。



最初は、暗くて見えなかったが、自分がいる街灯の下まで転がって来てようやくわかったのだが‥‥



それは、男性の頭だった!



「ヒッ!!」


声を出さないように口に手を押さえていたが、少しばかりか出てしまった。



「ん?誰かいるの?」


路地裏から、のそのそと足音がすると



「まだ人がいたんだー、ねぇ、おねぇさーんあそぼうよー」


人の3倍ぐらいの大きさで、体の色は、赤黒く、手は、爪が長く、目も眼光が鋭いが、オニにしては、大事な角がない。


ゆうこさんが、言っていたおそらくこれがオニだろうけど。



逃げようと足を動かそうとするが、オニの能力なのか足がまったく動かない。


どうして!動かないの?



ヤバい、ヤバい、ヤバい、早く逃げたいのに!


—ドス、ドス、ドス



オニは、巨体を揺らして私の前にやってくると、右手で私を掴んだ。


力が強いため、お腹が締め付けられる。



「たかーい、たかーい!えへへっ!おねぇさーんたのしい?」


私を持ち上げて、まるで人形のように扱いし始めた。


—メリ、メリ


オニの爪が、次第にお腹に刺さっていき痛い。



血が地面に、ポタポタ落ち始めた。


「いやぁぁー!痛い、痛い、離して、離して、誰か助けてー!!」


私は、大声で叫んだ。



「うるさいなー、わかったよ、ほらっ!えい!」


——ブン


風を切る音と共に、私は投げ飛ばされた。



「えぇっ!」


あっという間に、目の前に建物が見えた。


危ない!ぶつかる。



——ガシャーン



頭と身体に強い衝撃を感じた。


さっき見えた建物にぶつかったようだが‥


身体中が痛い!!



あっ、もう死ぬんだ、そう確信した。



意識が、次第に、う・す・れ・て‥‥‥



この世界に慣れて、現世と同じ生活をしていたため、油断をしていて、私がいる場所をすっかり忘れてしまっていた。



そう、ここは地獄。




——ツンツン


オニが爪で、私の身体を突いているようだが、感覚がない。



もう、ダメだ。



私、地獄で死ぬとは、思っていなかったなー。



そう思いながら目を閉じたゆいかだった‥‥。



「あれ?なんだもう死んじゃったの?つまんなーいよー、死体は後で、あの人が移動してくれるよね、ここは神聖な道だからね、魂はもらって行くけどね」


オニは、小さいガラス製の壺を取り出して、蓋を開けた。


スゥーとゆいかから青い光が出て、壺に吸収されていった。


蓋を閉めて、ニタッと笑みを浮かべたオニは、路地裏にある自分の居場所神社に戻っていった。


数分後


——カツ、カツ、カツ


暗闇からハイヒールの音が聞こえてきた。



「あら?もう死んじゃったの?早いわね、ゆいかさん、まだ彼女には生きて欲しかったけど、仕方がないわね、また次の人を連れてこればいいわ、私達の神様オニの生贄にね」


ふふっ。


不敵な笑みを浮かべた彼女は、そう言い残し暗闇に消えていった。






          終




















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旧世界 もっちゃん(元貴) @moChaN315

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