第196話 デルトマギヌ

 サリオとスクルドが協力して開発を進めていたマギヌ開発メタバースの試作装置が完成した。その装置は現実と見分けられないほどリアルな仮想空間、メタバースを構築する事ができた。


「ちょっと試していいか?」

 サリオに尋ねると、許可が出た。その装置を使うには西遊記に出てくる孫悟空の輪っかのようなものを頭に嵌めなければならない。その輪っかは『アクセスリング』と呼ばれており、それを頭に嵌めた。


 その瞬間、目に見える景色が変わった。研究所の一室に居たはずなのに、どこかの惑星の湖が見える湖畔に立っていた。


「ここはマギヌの試験場でしゅ」

 いつの間にかサリオが横に立っている。

「この状態だと、サリオもメルモス星人の高等マギヌの知識に、アクセスできるのか?」

「できましゅ。開発にも支障がないでしゅね」


 私は湖に近付き、その水を両手で掬い上げた。本物の水、本物の湖としか思えない。それだけ精巧な仮想空間なのだ。


「試作装置のテストを済ませたら、人材を集めてマギヌの研究を始めてくれ」

「『防護マギヌ』の改造を優先するという事で、いいですか?」

「そうしてくれると嬉しいけど、何か売れそうなマギヌのアイデアがあったら、それを優先してもいいよ」


「了解でしゅ」

 サリオはマギヌの開発に最適だと思われる人材を集め、『デルトマギヌ』という会社を設立した。そのデルトマギヌの開発した商品で、最初にヒットしたのがパムたち用に作った教育ソフトを販売商品として改造した『初級マギヌ学習セット』である。


 ボソル感応力があれば、簡単ないくつかの小技マギヌを習得できる商品だった。これは小技マギヌを使うために必要な最低限の知識を教え、簡単な小技マギヌを使えるようにするという学習セットだ。


 この商品は瞬く間にナインリングワールド中で評判になった。


  ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ツェンダーグループという企業グループの会長であり、連合理事でもあるマーミンは、経済界の重鎮が集まるパーティーに出席していた。


「孫にねだられて、『初級マギヌ学習セット』というものを買ったのだが、あれは興味深いものだね」

 造船会社の社長と製薬企業の会長が話している言葉が、マーミンの耳に入った。


「それは、どういうものなのです?」

「小技マギヌというものを、ご存知ですか?」

「……聞いた事があります。魔導師が使うちょっとした魔導技のようなものですな」


「ボソル感応力が少しでもある者なら、『初級マギヌ学習セット』を使って、いくつかの小技マギヌを覚えられるのです」


「それは興味深い。ですが、以前に魔導師から聞いた事をがあるのですが、小技マギヌはあまり役に立たないそうじゃありませんか」


 『初級マギヌ学習セット』を買ったという造船会社の社長が頷いた。

「ええ、戦闘には役に立たないそうですが、他のちょっとした事には役に立つのですよ」

「例えば、どういう事に役に立つのです?」


「学習した者は、垓力というエネルギーを実感できる。それが一番の学習目的になるそうです」

「まあ、学習ソフトとしては、そうなのでしょう。ですが、習得した小技マギヌは、役に立つのですか?」


「実用的なものがあるのかという事なら、あまり役に立たんよ。同じ事を機械で可能だからね」

「まあ、そうだろうね」

「しかし、魔導技のような事ができるというのが、子供の心を刺激する。これは大ヒットするかもしれませんぞ」


 聞いていたマーミンは興味を持った。

「失礼します。その『初級マギヌ学習セット』というのは、どこのコロニーが販売しているのです?」

「確か、デルトコロニーのデルトマギヌという会社だと思います」


「にゃるほど、ロード・ゼンのところですね」

 ワーキャット族のマーミンは微笑んだ。


  ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 デルトマギヌが小手調べという感じで販売した『初級マギヌ学習セット』は大ヒットした。ボソル感応力を持つ者のほとんどが、興味を示したようだ。


 ナインリングワールドでは、数百億人の人間が生活している。その中の数パーセントがボソル感応力を持っていると仮定した場合、億単位の潜在的な顧客が存在する事になる。


 『初級マギヌ学習セット』は、ナンバー1、ナンバー2と開発した小技マギヌを纏めて販売する予定になっているので、長い商売となる予定だった。


 最初はナインリングワールドだけで広まった。だが、ナインリングワールドへ商売に来た者たちも『初級マギヌ学習セット』を購入し、故郷に持ち帰って評判になった。


 デルトマギヌは、それらの星にも支店を設立し、商売を広げた。これでデルトコロニーの主力産業が一つ増えた事になる。


 この主力産業の中心人物であるサリオは、急速に商圏が広がる様子を確認し、複雑な表情を浮かべていた。


「どうしたんだ?」

 私が尋ねると、サリオが溜息を吐いた。

「クーシー造船は凄く頑張ったのに、まだナインリングワールドの一部だけと商売しているのでしゅ。それなのにデルトマギヌは、他の星にも広がってしまったのが、何か納得できないものを感じましゅ」


 サリオはクーシー造船とデルトマギヌを比べて考えていたようだ。

「デルトマギヌには商売敵が居ないけど、クーシー造船にはたくさんの商売敵が居る。その違いじゃないか」


「そうですしゅかね。幸運だったのでしゅね」

 デルトマギヌにも、これから商売敵が出てくるかもしれない。気を付けないと。


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