第188話 天神族の秘宝(2)

 私とレギナは、滝の裏側にある細い道から母王スパイダーの巣に入った。

「見ろ。母王スパイダーの卵だ」

 私は卵を見付けて指差した。今回も次世代を残していたようだ。巣の奥を見ると、見覚えがある金属製の扉があった。その扉には『峡谷のぬしを倒した者だけが、ここへ入る事を許される』と書かれている。


「この言葉を、屠龍猟兵ギルドにある記録で調べた。どうやら母王スパイダーを仕留める時に、ダメージを与えたかどうかで判断しているようだ」


 これらの情報は、屠龍猟兵ギルドが溜め込んでいる膨大な情報の中に埋もれていた。それを発見したのは、スクルドである。


 前回母王スパイダーと戦った時、レギナは秘宝がある部屋に入らなかった。あの戦いにおいて、レギナは母王スパイダーにほとんどダメージを与えられなかったので、正しい判断をした事になる。


 今回は私とレギナの二人が秘宝がある部屋に入る事ができた。二十畳ほどの部屋の中に十一個の円筒形の筒が並んでいる。前回来た時は、十二個だったのだが、私が一個を選んで『初級魔導装甲』と『初級龍珠工学』の宝玉を手に入れたので、十一個に減っている。


 筒には『雷戦斧』『翔撃ダガー』『一つの宝玉』『けんの宝玉』『炉の宝玉』『慣性の宝玉』『重力の宝玉』『星の宝玉』……と書かれている。書かれている文言が重複している筒が三つある。最初の『雷戦斧』『翔撃ダガー』『一つの宝玉』が二つずつあるのだ。


「どれを選ぶ?」

「すぐには決められない。ゼンは、何を選ぶつもり?」

「『乾の宝玉』を、選ぼうかと思っている」

「『乾』というのは、何?」

「『離震の理』と同系統のものかもしれない」


 これは単なる勘だ。『離』『震』『乾』という言葉は、公用語のガパン語『リジュナ』『ヴァセロ』『ニゼル』という言葉を訳したものだ。それらは高次元の真理に関係する言葉なので、『乾の宝玉』も同系統だと推理したのだ。そうレギナに伝えた。


「間違っていたら、笑うしかない」

「それを聞いて、気が楽になった。あたしは『一つの宝玉』を選ぶ」

 魔導師用の武器を選んでも仕方がないと思ったレギナは、知識を手に入れる事にしたようだ。


 私は『乾の宝玉』と書かれた筒に手をおいた。すると、筒が分解されて一つの宝玉が現れた。それを手に取った瞬間、頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。


 それは高次元の乾軸方向に拡張された宇宙の知識だった。それは奇妙な宇宙であり、我々が住む宇宙と密接に関係があった。


「宝玉で手に入れた知識は、どんなものだった?」

 レギナに尋ねられ、ちょっと戸惑った。その知識をまだ吸収できずに混乱していたからだ。


「まだよく分からない。これから研究してみる。分かったら知らせるよ。今度は君の番だ」

 レギナが頷いて筒に手を伸ばし、一つの宝玉を手に入れた。それに触ったレギナが固まってしまう。流れ込んでくる情報に苦痛を覚えている顔だ。


 それから三十分ほどが経過すると、レギナが回復した。

「はあはあ……これはキツイ」

 一度街に戻った方が良さそうだ。我々は街に向かって引き返し始めた。そして、カズサに戻ると夕食も食べずに寝た。


 翌朝起きると、頭が重く感じた。頭の中で膨大な知識が渦を巻いている感じだ。一晩くらいでは膨大な知識の整理ができないのだ。


 それから数日、私とレギナはカズサの中でゆっくりと過ごした。そして、新しく手に入れた情報と知識を分析し、それがどんなものか分かった。


 高次元の乾軸方向に拡張された宇宙というのは、隣接する別宇宙の構造を含む多元宇宙の理論を示すものだった。遷時空スペースやナユタ界は、多元宇宙を構成する一部である。新しい知識は、多元宇宙を理解する基礎となるものだと分かった。


「これは難解だ。短時間で理解しろと言うのが、無理なんだ」

 私はレギナのところへ行って何の知識を得たのか尋ねた。

「以前にゼンが手に入れた『初級龍珠工学』、あれの上級編みたいな知識だった」


 言うならば、『中級龍珠工学』というところだろう。その知識を使えば、脅威度7くらいまでのモンスターから手に入る龍珠の加工が可能になるようだ。


「レギナが手に入れた知識の方が、ずっと実用的みたいだ」

「ゼンが手に入れた知識は、実用的じゃないの?」

「ああ、乾軸方向に拡張された宇宙がどういう構造をしているか。多元宇宙はどうなっているのかという宇宙論の知識だった」


「何かに応用できるんじゃない?」

「理解できれば、応用できるかもしれないけど、理解するまでが時間が掛かりそうなんだ」


 私はサリオとスクルドを呼んで、手に入れた知識がどういうものだったのか教えた。

「ゼンが手に入れた知識は、重要で壮大なものでしゅ。でも、すぐに応用できるものじゃない、という事でしゅね?」


 サリオの質問に頷いた。

「一方、レギナが手に入れた知識は、『中級龍珠工学』と呼べるようなもので、すぐに応用できるのでしゅね。例えば、どういう風に応用できるのでしゅ?」


「今回手に入れた母王スパイダーの龍珠。白龍珠を加工すれば、エネルギー吸収バリアが製作できそうなの」


 エネルギー吸収バリアは、現在カズサに搭載しているバリア発生装置の十倍頑強なバリアを発生させる事ができる。防御力を段違いに強化できるのだ。


「さすがです。それに比べて、マスターは……」

 スクルドが久しぶりにディスり始めた。

「いやいや。こういう知識は、後で凄い発明に繋がる事もあるんだ」


「そうね。期待しないで待っているわ」


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