第184話 イノーガー巡洋艦の切り札

 魔導装甲はレーザーなどの武器には弱いが、物理攻撃には強いという特徴を持っている。カズサのバリアを崩壊させた銀色の光は、次に魔導装甲にぶつかり船体ごと弾いた。


 銀色に光っていたのでレーザー兵器の一種かと思っていたが、何かの素粒子を撃ち出す兵器だったようだ。ただイノーガー巡洋艦の切り札らしい兵器は、凄まじい威力を持っていた。


 バリアを突き破られた上に魔導装甲も崩壊寸前という衝撃を受け、屠龍戦闘艦カズサの船体が竜巻に放り込まれたように揉みくちゃにされる。


 カズサにはミネルヴァ族の慣性力抑制装置が搭載されており、ある程度の揺さぶりは吸収される。だが、この衝撃は、吸収できないほど強烈だった。


 カズサに乗っていた我々は、ふらふらになった。

「スクルド、カズサの状態は?」

 モニターにカズサの構造図が映し出され、問題が起きた箇所が赤く点滅していた。


「バリア発生装置に不具合か」

「この状態だと、全開の四十五パーセントのバリアしか展開できないわ」


 この状態で同じ攻撃を受けると、カズサはロストする事になるだろう。そして、我々は死ぬ。

「ゼン、敵巡洋艦はバリアを展開していない。ギリギリの状態じゃないかと思うんだ」

 レギナが報告してきた。

「何か策があるのか?」

「アクティブステルス機能が、使えるかもしれない」


 レギナの調査では、イノーガー巡洋艦は通常のレーダー波しか出していないという。これはチャンスかもしれない。


「よし、ウィルスミサイルを使おう」

「ダメだったら、どうするの?」

「その時は、もう一度離震レーザーを撃ち込む」

 スクルドがウィルスミサイルの準備を始め、レギナが垓力蓄積装置に垓力を溜め始める。俺はアクティブステルス機能を使うタイミングを計っていた。


 イノーガー巡洋艦の内部エネルギーが、また高まっているという観測が出た。

「敵巡洋艦は、もう一度切り札を使う気だ。アクティブステルス機能で姿を消して近付き、ウィルスミサイルを撃ち込む」


 私はアクティブステルス機能を作動させた。その直後にレギナが大加速力場ジェネレーターを全開にして敵巡洋艦に向かって加速する。凄いジーが発生したが、それを慣性力抑制装置が吸収した。


「敵が別の探査システムを使い始めるまで、どれくらいだろう」

 スクルドの予想では、十二秒ほどだという。その間にカズサが加速してイノーガー巡洋艦に近付く。大接近したカズサからウィルスミサイルが発射された。


 ミサイルにステルス機能は付いていないので、すぐに発見されたはずだ。イノーガー巡洋艦はバリアを展開する時間がないので、クリムゾンレーザーで撃ち落とそうとした。


 ウィルスミサイルの近くを何本かの紅いレーザーが通り過ぎる。そして、運良くクリムゾンレーザーを潜り抜けたウィルスミサイルが敵巡洋艦に命中した。


「ウィルスが効き始めるまで、時間が掛る。逃げるぞ」

 我々は全力で逃げ始めた。次の瞬間、重力探知波をカズサは観測する。


「バレた」

 レギナが呟いた。

「クリムゾンレーザーが来る。全力で回避しろ」

「了解」

 カズサがランダムに飛行軌道を変え始める。カズサの周囲をクリムゾンレーザーが通り過ぎ始めた。


「マスター、鏡面バリアはどう?」

「その手があるか。でも、大きな賭けになる」

「今のところは、クリムゾンレーザーしか使ってないわ」

「よし、通常バリアを解除して、鏡面バリアを展開しろ」


 スクルドがバリアを鏡面バリアに切り替えた。その直後に、クリムゾンレーザーが命中し、鏡面バリアが反射した。


 この時、額から汗が滲み出るのを感じた。危なかった。スクルドのアドバイスがなければ、死んでいたかもしれない。どうやら賭けに勝ったようだ。


 それから数分ほど逃げ回った時、イノーガー巡洋艦が動かなくなった。

「ウィルスが効いたか?」

「偵察ドローンで確かめるしかないわね」


 カズサから多数の偵察ドローンが放たれ、イノーガー巡洋艦に向かった。その結果、巡洋艦が機能を停止しているのを確認した。


「ロード・ゼン、おめでとうございます。イノーガー巡洋艦を拿捕したようですね」

 通信機からメノウ参事官の声が聞こえてきた。それと同時にカズサの近くに宙域同盟の偵察艦が姿を現わした。それを見てゾッとする。もし、この偵察艦が武装していたら、カズサなど一撃でロストしていただろう。


 宙域同盟の技術力は文明レベルAに達しているようだ。そんな科学力を持つ宙域同盟が、ちゃんと管理している宙域は銀河全体の僅かなものだった。それだけ銀河が広大だという事なのである。


「運が良かっただけです」

「この巡洋艦は、どうするのですか?」

「ここで調査してから、本格的に調査する装置だけを取り外して、デルトコロニーに持ち帰ります」


「惑星チダータの月にある巨大造船ドックは、どうします?」

「ワーフォックス族との協定があります。勝手に調べるのはまずいでしょう」

 メノウ参事官がホッとしたような顔をする。

「それを聞いて安心しました。こういう場合、ワーフォックス族が逃げたのは、裏切り行為だと言って、独占しようとする者も居るので助かります」


 参事官という役職には、各種族間の調停役という役目もあるので苦労しているのだろう。イノーガー巡洋艦はデルトコロニーが単独で調査し、巨大造船ドックはワーフォックス族とデルトコロニーが共同で調査する事に決まった。


 その後、ワーフォックス族がイノーガー巡洋艦の調査を共同で行わないかと申し出てきたが、丁重にお断りした。


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