第183話 イノーガー巡洋艦

「やっぱりカズサの位置がバレた」

 少しだけバレないんじゃないかと期待していたのだが、世の中は甘くないようだ。

「ゼン、アクティブステルス装置を切って、その分のエネルギーをバリアに回す?」


 レギナの質問に少しだけ考える。質量や重力系の探査システムはエネルギー消費が多いので、その探知システムの使用が長続きせず、またアクティブステルス機能が使えるようになるのではないかと考えたのだ。だが、相手はイノーガー軍団なので、甘い考えは捨てる事にした。


「そうしてくれ。まず巡洋艦を潰す」

 艦首砲管制室でまた膨大な天震力に意識の手を伸ばし、それを離震レーザーに変えて敵巡洋艦を狙って放った。艦首から紫色の稲妻が飛び散った直後、そこから紫色の離震レーザーが発射され、敵巡洋艦が張り直したバリアを撃ち抜いて船体の中央に突き刺さる。


 その直後、イノーガー巡洋艦の内部で大爆発が起きた。その影響で推進機関に問題が発生したようで、イノーガー艦隊から遅れ始めた。その代わりにイノーガー軍団の駆逐艦やコルベット艦が攻撃を開始する。


 敵のコルベット艦や駆逐艦の主砲はクリムゾンレーザーである。それが放たれて屠龍戦闘艦カズサのバリアに命中し、バリア表面で火花を散らす。


「マスター、バリアは長く保たないわよ」

 カズサのエネルギー管理モニターを見ていたスクルドが報告してきた。

「了解」


 私は離震レーザーの準備を始めた。但し、巡洋艦を狙った時ほど天震力を集めなかった。なので、発射までの時間が早い。


 巨大戦艦や巡洋艦を狙った時は、命中すると二千メートルクラスの小惑星が粉々に砕け散るほどの天震力を込めたが、今回は二百メートルの小惑星が粉々になるくらいだ。


 それでも駆逐艦やコルベット艦には十分だった。バリアを貫通した離震レーザーが、駆逐艦の船体に突き刺さって内部で爆発を起こさせた。それはワーフォックス族が拿捕したイノーガー駆逐艦だった。


「これで、ワーフォックス族との約束は果たした」

 それからもう一隻のイノーガー駆逐艦を仕留めると、バリアへの負荷が軽減された。危機は脱したのだ。周りを見回すと、ワーフォックス族の駆逐艦ムラーシャの姿がない。


「ムラーシャはどうした?」

 レギナに尋ねると、彼女は肩を竦めた。

「外宇宙へ全力で逃げて、遷時空スペースに消えた」

 ワーフォックス族がワーキャット族を裏切ったという話を思い出した。

「歴史は繰り返される、という事か」


 その時、通信機からメノウ参事官の声が響いた。

「ロード・ゼン、戦闘に参加できずに申し訳ない」

「正当な理由があるのでしょうね?」

「私が乗っている偵察艦ギリューは、ほとんど武器を搭載していないのです。その代わりに隠密行動に特化した装置が組み込んである」


 最初から戦闘を想定していなかったという事だ。今回は偵察だけという計画だったので、間違った船を選んだ訳じゃない。イノーガー艦隊と戦闘になるのは、アクシデントだ。


「メノウ参事官、今回の証人になってもらいますよ」

「どういう意味かね?」

「カズサが仕留めたイノーガー戦闘艦は、我々のものだという事です」


「分かりました。証人になりましょう」

 私がメノウ参事官と話している間も、カズサは戦っていた。残っているのがコルベット艦クラスのイノーガー戦闘艦なので、艦首砲ではなく副砲の二十光径クリムゾンレーザー砲六門で十分だろうというと判断したのだ。


 レギナが指揮して戦闘が行われるようになった。私は艦首砲管制室の中で、イノーガー巡洋艦を探した。一旦は脱落した敵巡洋艦だが、仕留めた訳ではないので現時点でも一番脅威となる敵艦なのだ。


 イノーガー巡洋艦は後方の宙域を直進していた。ただ戦闘には参加せずに修理作業に集中しているようだ。但し、戦闘艦の修理が簡単なはずがないので、時間が掛かると思った。


 イノーガー戦闘艦を拿捕して調べた時、修理方法を確認していた。イノーガー戦闘艦の内部には、血管のような細い通路が張り巡らされており、その通路をダンゴムシのような整備ロボットが転がりながら移動している。


 そして、何か故障が発生した場合、船内に張り巡らされた整備用通路の中を高速で転がりながら移動したダンゴムシ型整備ロボットが、大量に集まって修理を始めるという仕組みになっている。ちなみに、調べたイノーガー戦闘艦に乗っていたダンゴムシ型整備ロボットは、体長が三十センチほどだった。


 これは生物の自己治癒能力の仕組みを応用したものだと言われている。あのイノーガー巡洋艦なら、ダンゴムシ型整備ロボットを大量に乗せており、その数は数万体、いや数百万体という数になるかもしれない。


「ん? 穴が小さくなっているな」

 イノーガー巡洋艦の舷側に開いていた穴が、半分ほどの大きさになっている。

「スクルド、敵巡洋艦の修理が進んでいるようだ。ウィルスミサイルを使いたいんだが、準備はできるか?」


「もちろん可能よ。でも、少し距離があるから近付く必要があるわ」

「了解。コルベット艦クラスのイノーガー戦闘艦を始末したら、接近する」


 それから数分後に巡洋艦以外のイノーガー戦闘艦が片付いた。そこでカズサをイノーガー巡洋艦に近付けようとした時、スクルドが大きな声を上げる。


「敵巡洋艦から、大きなエネルギー反応があります」

 それを聞いた私は、イノーガー巡洋艦が攻撃してくる前兆ぜんちょうだと判断した。

「レギナ、回避運動を。スクルドは余っているエネルギーをバリアに回してくれ」


 カズサが、ランダムな軌道を描いて動き始めたのを感じた。次の瞬間、敵巡洋艦の前部から大型の砲塔がせり上がってきた。


「あれは、イノーガー巡洋艦の秘密兵器かもしれない」

 レギナの声が聞こえた。ヤバそうな感じがする。攻撃と防御、どちらを優先するか迷った。離震レーザーで攻撃するには少し時間が必要だ。その間に攻撃されると危ない。


 そこで防御を強化する事にした。艦首砲用のサポート装置を使い、カズサの周りに魔導装甲を展開する。


 カズサに搭載している魔導技サポート装置は離震レーザー用に設計されているので、他の魔導技に応用する事は難しい。だが、魔導装甲を拡大するのに使える点だけは確認していた。


 カズサが展開するバリアの内側に巨大な魔導装甲を展開。ただカズサに搭載しているサポート装置は、正式に魔導装甲に対応している訳ではないので、強力な魔導装甲を展開する事はできず、気休め程度である。


 次の瞬間、敵巡洋艦から強烈な銀色の光が撃ち出された。それはラッパ状に拡散しながらカズサのバリアに命中し、凄まじい威力でバリアを崩壊させた。


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