第182話 厄介な艦隊

 この宙域に近付くまで艦隊を発見できなかったのは、惑星チダータの真後ろに艦隊が停泊していたためだった。前方のワーフォックス族の駆逐艦が急速に減速してUターンしようとしている。ちなみに、この駆逐艦の名前は『ムラーシャ』というらしい。


 宙域同盟の偵察艦も来ているはずなのだが、その姿は見えない。たぶんカズサと同様にアクティブステルス機能を持つ偵察艦なのだろう。


「あの艦隊が、どこのものか分かるか?」

 屠龍戦闘艦カズサのブリッジで、スクルドに尋ねた。スクルドは急いで調べ、答えを得た。


「あの艦隊は、イノーガー軍団よ」

 それを聞いた瞬間は不運をなげいたが、考えてみれば当然の事だった。ワーフォックス族から逃げたイノーガー駆逐艦が仲間を呼んだのだ。


 その艦隊は小規模なものだった。だが、巡洋艦クラスが一隻、駆逐艦クラスが二隻、コルベット艦クラスが三隻という強力な編成となっている。


「レギナ、減速しよう。あいつらに見付かりたくない」

「了解。あたしも、そうしようと思っていた」

 操縦していたレギナは、減速してゆっくりと近付く。その間にスクルドがイノーガー艦隊を分析していた。


「駆逐艦クラスの一隻に、戦闘痕と思われるものがあるわね。あれはワーフォックス族が拿捕したイノーガー駆逐艦かもしれないわ」


 それが事実なら、最大で六隻という事になる。イノーガー軍団の文明レベルは『C』と『B』の間となっている。だが、デルトコロニーでイノーガー戦闘艦を調査した感じでは、文明レベルBに近い感じがする。


 屠龍戦闘艦カズサは一部にミネルヴァ族の技術も使われており、全体とすれば文明レベルBの技術で建造された戦闘艦と言えるだろう。


 イノーガー軍団より少し上の技術で建造された駆逐艦に相当するカズサは、イノーガー駆逐艦以下の戦闘艦と互角以上に戦う事はできるだろう。


「問題は巡洋艦だな」

 頭の中でイノーガー艦隊と戦った場合を想像していたら、それが独り言となっていた。それを聞いたレギナが頷いた。


「ただカズサの艦首砲が命中すれば、倒せるかもしれない」

 但し、イノーガー艦隊六隻とカズサ一隻が戦った場合、勝利の確率は低い。ワーフォックス族の駆逐艦と宙域同盟の偵察艦の三隻が協力すれば、作戦次第で勝てるだろう。


「この状況で戦うのは嫌だな。あの巡洋艦がどんな強力な武器を搭載しているか、分からないからな」

「あたしも、そう思う」


 レギナも賛成したので、イノーガー艦隊に見付かる前に逃げる事を検討した。但し、それだとワーフォックス族の駆逐艦が問題として残る。見捨てるのは簡単だが、それをナインリングワールドのワーフォックス族に知られると、外交面でまずい事になる。


 そんな事をレギナとスクルドを相手に話していると、イノーガー艦隊がワーフォックス族の駆逐艦に気付いて追いかけ始めた。


 Uターンして外宇宙へ向かっていたワーフォックス族の駆逐艦ムラーシャが、追ってくるイノーガー艦隊に向かって攻撃を始めた。


 ムラーシャの荷電粒子砲が、イノーガー艦隊の小型艦に命中してバリアを揺らす。同じように二、三発が命中するとバリアが崩壊し、そのコルベット艦クラスの小型艦が脱落した。


「さすが文明レベルBの駆逐艦だ。荷電粒子砲の性能が違う」

 荷電粒子砲の威力は、撃ち出すプラズマ弾の質量と速度によって変わる。特に速度は威力に大きく影響する。ワーフォックス族の荷電粒子砲は、その速度が凄まじいのだ。


 次の瞬間、イノーガー艦隊からの反撃が始まった。何本ものクリムゾンレーザーが宇宙空間を走り、駆逐艦ムラーシャのバリアに突き刺さる。ワーフォックス族のバリアは優秀なものだったので何とか耐えたが、バリアが大きく揺らぎ危ない状況になっている。


「ロード・ゼン、メノウ参事官、聞こえているか。わ、我々は非常に危険な状況にある。このままではロストする。助けてくれ」


 通信機から緊迫したリンファルの声が聞こえてきた。その瞬間、イノーガー巡洋艦からクリムゾンレーザーが撃ち出された。太く紅いレーザー光が駆逐艦ムラーシャのバリアを突き破って船体を掠めた。


 その様子をカズサのブリッジで見ていた我々は、決断を迫られていた。

「ゼン、どうする?」

 レギナが確認してきた。

「見殺しにすると、悪夢を見そうだ。助けよう」


 これが勝算のない戦いだったら、見殺しにしただろう。だが、屠龍戦闘艦カズサはそれだけの戦力を持っていた。私は艦首砲管制室へ行く。


「まずは、イノーガー巡洋艦を狙う。あれさえ仕留めれば、他のイノーガー戦闘艦は何とかなるはずだ」


 この時のカズサはアクティブステルス機能を作動していたので、イノーガー艦隊から発見されていない。今なら安全に一撃を加える事ができる。そして、カズサはUターンしてイノーガー艦隊と並行するような位置で飛行していたので、巡洋艦を狙い撃つ事が可能だった。


「攻撃したら、カズサが発見されると思うか?」

 レギナとスクルドに尋ねた。

「イノーガー軍団の技術力を考えると、レーダーだけでなく別の探知システムも持っているはず。それを起動して見付け出されると思う」


「マスター、私もレギナに同意見よ」

 レギナの意見にスクルドも賛成した。レーダー以外の探知システムは、大きなエネルギーを消費するものが多く、普段は出力を絞って近距離だけを探査するのに使うか、使わずに切っている場合が多い。イノーガー艦隊も攻撃されれば、それらの探知システムを使って広範囲に渡って敵を探すだろう。


 艦首砲管制室の私は、サポート装置の助けを借りてナユタ界から膨大な天震力を手に入れた。そして、強力な離震レーザーを、敵巡洋艦に向けて発射する。


 宇宙空間を漂う水素原子やゴミが、離震レーザーに当たって崩壊すると強烈な光となった。そして、敵巡洋艦が気付かないうちにバリアに命中すると、それを貫通して船体に食い込む。


 船体の一部を溶かして内部に侵入した離震レーザーは、強烈な爆発を引き起こした。その一撃で敵巡洋艦は中破という程度のダメージを負った。但し、カズサの存在に気付いたイノーガー艦隊は全ての探知システムを使ってカズサの位置を探し出した。


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