第172話 ミネルヴァ族と酒

 デルトコロニーに戻ってきてから、ミネルヴァ族が初めて騒ぎを起こした。その騒ぎを起こした場所は、青鱗族が運営している農業コロニーである。ここでは新しい試みをいくつか行っているのだが、その中の一つである酒造事業を知ったミネルヴァ族が見学に行った時に騒ぎを起こしたのだ。


 ミネルヴァ族は酒好きの種族で、自分たちでも酒を造っている。但し、工業的な手法で作る酒はあまり美味しくないそうだ。


 そんなミネルヴァ族の一人が、農業コロニーで酒を造っていると聞き、どういう酒なのか確かめようという話になった。


「酒造りは始めたばかりと聞いたぞ。まだ旨い酒は造れねぇだろう」

 ミネルヴァ族のボルムが言った。このボルムはミネルヴァ族の中でグルードの次に名前が挙がるようなサブリーダー的な存在だ。但し、酒にだらしないという欠点がある。


「そんな事を言うけど、ボルム親方は酒なら何でも飲むじゃねえか」

「俺が、酒の味も分からねえ男だと言いたいのか?」

「そうじゃねぇけど。あの機械で造る酒は、何か物足りない感じがするのに、ボルム親方は毎日のように飲んでいるじゃねえですか」


 あの機械というのは、ミネルヴァ族が総力を挙げて作り上げた酒造プラントである。最高の酒を造るために作り上げたプラントだったが、それで造られた酒は二級品だった。ミネルヴァ族の総力を挙げても目的を達成できなかったのだ。


「しょうがねえだろ。あれがミネルヴァ族が造った最高の酒なんだから」

 農業コロニーに到着すると、そこに広がる農地に目を奪われた。

「なんて、贅沢な事をしているんだ」

 宇宙空間で食料生産をする場合、第一に効率が求められる。それなのに土耕栽培という原始的な方法で穀物を育てているのだ。


 この農場で働いている青鱗族に、ボルムが話し掛けた。

「ここでは何を栽培しているんだ?」

「ゼン閣下が『大麦』と呼んでいる穀物です。それに『ホップ』と呼ばれている植物も育てているよ」


「その二つは食べ物なのか?」

「大麦は食べ物だが、二つで『ビール』という酒を造っている」

 酒と聞いてボルムが身を乗り出した。

「どんな酒なんだ?」

「ちょっと苦い酒なんだが、喉越しがいい」


「それはどこで飲める?」

「ビール工房に行ってみな。テツラさんの機嫌が良ければ、振る舞ってくれる」

 その場所を教えてもらったボルムは、仲間と一緒に押し掛けた。そして、ビール工房の責任者であるテツラに飲ませてくれと頼み込む。


「これはロード・ゼンに納めるものなのですが、少し余分に出来ましたので、一杯だけご馳走しましょう」


 テツラは醸造室に連れて行った。置いてある試飲用のビールタンクから、コップ一杯ずつ振る舞った。その時、テツラは従業員に呼ばれて醸造室を離れた。


「うめえー」

「これは天神族の飲み物なのか」

 そんな声を聞きながら醸造室を出たテツラが、ちょっとした用事を済ませて戻ると大変な事になっていた。


「神の酒だ」

「徹底的に飲むぞ~」

 酔っ払ったミネルヴァ族が、醸造室を占拠して酒盛りを始めていたのだ。テツラは止めようとしたが、凄い力で突き飛ばされてしまう。


 仕方ないので警備ロボットを呼び、ミネルヴァ族を捕縛させた。酔っ払ったミネルヴァ族は、要注意種族に変化するという事が判明した瞬間である。


  ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 私は青鱗族から呼ばれてビール工房へ行った。そして、酒の匂いをプンプンさせて捕縛されているミネルヴァ族と怒っているテツラの姿を見た。


「どういう状況だ?」

 私がテツラに確認すると、状況を説明してくれた。

「申し訳ありません。閣下のビールを全て飲まれてしまいました」

「な、何だと!」


 楽しみにしていたビールが……。

「今回は試しに醸造したので、少量しか造っていなかったのが、幸いでした」

 幸いではなく、飲めないんだから悲劇だろうと思ったが、口には出さなかった。

「次に出来るのは、いつになる?」

「二ヶ月ほど先になると思います」


 思わず溜息が漏れた。宇宙中の酒をチェックしてビールに似た酒を探し出し、その作り方を勉強して原料を輸入。それから、大麦とホップ、酵母、水を使ってビールを造ったのだ。


「分かった。よろしく頼む。そして、ミネルヴァ族は醸造室に入れるな」

「その点はご安心ください。二度とミネルヴァ族を醸造室に入れる事はありません」


 このミネルヴァ族たちは、酔っ払って留置所に入れられた最初の市民になった。その後、報せを聞いたミネルヴァ族のグルードが来た。


「こいつら馬鹿をやりやがったな。旦那、申し訳ありません」

「ミネルヴァ族というのは、酒に弱いのか?」

「酒を飲むと、理性が吹き飛ぶ傾向がありますな。なので、酒を飲む場所を決めておるんです」


「なるほど。ミネルヴァ族と酒の組み合わせは要注意という事だな」

 癖のある種族だが、ミネルヴァ族は多くの技術を持っている。これくらいで罰するつもりはないが、他の市民にも知らせる必要があるだろう。


 そんな事を考えていた時、デルトコロニーを警護している駆逐艦から報せがあった。ナインリングワールドの外縁部に、巨大戦艦が現れたというのだ。


「巨大戦艦……どれほど大きいんだ?」

 通信機を経由して質問すると、全長三十キロほどの葉巻型戦艦だという。規模的には都市宇宙船に匹敵する。

「葉巻型とは、珍しい」

 この巨大戦艦は何という種族の戦闘艦なのだろう?


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