第170話 クラビスの感謝

 我々は都市宇宙船に戻った。

「クラビス、天神族から何か指示を受けたのですか?」

 ロボットだが、天神族に関係するとなると敬意を払わなければならない。

「銀河中央にある天神族の星まで、戻れという命令を受けました」


「遠い……どうやって戻るんです?」

「迎えが来るそうです」

「ミネルヴァ族は、どうなるのです?」

「彼らは維持管理の任を解かれました。後は自由に任せるそうです」


 無責任な気がしたが、天神族にとってミネルヴァ族とは、その程度の存在なのだろう。ミネルヴァ族はデルトコロニーで引き取ろう。


 私はミネルヴァ族の代表であるグルードを呼んで、天神族からの指示をクラビスから伝えてもらった。

「グルード、良ければデルトコロニーの市民にならないか?」

 それを聞いたグルードは、なぜ市民にならなければならないかを理解していなかった。


「なぜ市民になる必要がある?」

「宙域同盟の市民権がないと不便なんだよ」

 星間金融口座の事や資格を取るにも市民権が必要な事を説明した。

「そういう事なら、デルトコロニーの市民になるぜ。よろしくな」


 ミネルヴァ族は凄い技術を持っているのだが、他の種族との付き合いがほとんどなかったので、簡単に騙されそうだ。気を付けてやらないとダメだろう。


 ミネルヴァ族にどんな生活が良いか聞くと、根っからの職人なので、自分たちが作った製品を販売して生活したいという事だった。大量生産ではなく、一点ものの航宙船などを作るという商売が良いらしい。


「それなら、アキヅキの修理と新しい屠龍戦闘艦の建造を頼めないか?」

「いいぜ。注文通りの戦闘艦を造ってやる」

 グルードの話では、都市宇宙船の内部に造船ドックを建設しようという話があるらしい。


「ところで、管理官のところに天神族の迎えが来るという話を聞いたが、どんな船が来るんだ?」

 グルードがクラビスに尋ねた。

「詳しい事は分かりません。ただアウレバス天神族の船なので、生体航宙船、もしくはモンスターだと思います」


 モンスターと聞いて驚いたが、モンスターの創造者はアウレバス天神族だった。最強クラスのモンスターであっても、アウレバス天神族なら絶対服従させる事ができるので乗り物としても使えるという。


「どれほど待たなければならないか、分かっているのですか?」

「五日ほどで、こちらに到着するそうです」

 アキヅキなら何年も掛かる距離を、五日というのは凄い技術だった。我々はここで天神族の船を待つ事にした。


 その間にミネルヴァ族がアキヅキの修理を開始する。新造するには造船ドックが必要だが、修理だけなら宇宙港に固定されたままできるようだ。


 驚いた事に、ミネルヴァ族は五日でアキヅキの修理を終わらせた。

「船の修理は、終わったようだにゃ」

 宇宙港に現れたレオがアキヅキに来て言った。豹人族は都市宇宙船に使われている技術を研究しており、レオも護衛という名目で滞在している。


「『垓力蓄積装置』と『大加速力場ジェネレーター』、それに『慣性力抑制装置』の調査は進んでいるんですか?」


「『垓力蓄積装置』と『大加速力場ジェネレーター』は、かにゃり進んでいるぞ。ただ『慣性力抑制装置』は難航している。豹人族の科学には存在しない理論が使われている、と言っていたにゃ」


 その時、アキヅキに乗っているスクルドから連絡があった。

「ナインリングワールドの外縁部に、正体不明の船が現れたわ。しかもバーチ55の猛スピードで接近している」


 バーチ1が秒速三百キロほどなので、その五十五倍というと凄まじいスピードとしか言いようがない。


「もしかして、天神族の船か?」

「そうとしか思えないわ」

 我々が予想したように、その超高速船は天神族の生体航宙船だった。ベイビスコロニーの近くに停泊している都市宇宙船に接近した生体航宙船が連絡してきた。その生体航宙船は全長二百メートルほどのテントウ虫のような形をしていた。


 船に乗っていたのは、アウレバス天神族の眷属である獣王族だった。獣王族というのはライオンを人化したような種族で、威厳がある。


 我々が出迎えに向かうと、その獣王族の一人が都市宇宙船に移乗してきた。

「クラビスは居るか?」

 その声を聞いたクラビスが前に進み出る。

「私がクラビスです」


「最後の役目を果たすために、アウレバス天神族の星に連れて行く」

 私は彼が『最後』という言葉を使ったので、質問した。

「クラビスが報告を終えた後、彼女はどうなるのですか?」

「たぶん用済みとなって、処分されるだろう」


「そんな……長期間天神族に仕えたのに、可愛そうじゃないですか」

 それを聞いた獣王族が笑う。

「勘違いしているようだが、クラビスは人間ではない。ロボットなのだぞ」


「彼女をここに戻す事はできないのですか?」

「無理だ。クラビスは機密となっている知識や情報を知りすぎている」

 クラビスがこちらに視線を向けた。

「ありがとうございます。彼にこれを渡してもいいでしょうか?」


 クラビスがこれと言ったのは、一つのメモリーだった。獣王族はそれを手に取り中身を調べた。

「伝承と技術情報か。これくらいのものなら、構わないだろう」

「ロード・ゼン、あなたの御蔭で無事に最後の役目を果たせます。これは感謝の印です」

 私はクラビスからメモリーをもらった。


「ちょっと待った。豹人族の分はにゃいのか?」

 レオだった。それを聞いたクラビスがレオに顔を向ける。

「豹人族は、都市宇宙船の技術を手に入れています。それで十分ではありませんか」

 レオがブツブツと何か言っている。『ケチ』という言葉が聞こえた。レオがそういう性格なのは知っているので苦笑いする。


 クラビスは我々に別れを告げ、生体航宙船に乗り込んだ。都市宇宙船の宇宙港を出た天神族の船は、また凄まじいスピードで外宇宙へと飛び去った。

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