第167話 救命コクーン

 この空間から脱出する準備が終わった。私と管理者クラビスは、都市宇宙船の宇宙港に固定されたアキヅキに乗り、ミネルヴァ族は都市宇宙船のブリッジで通常空間とこの空間が繋がるのを待っていた。


「もうすぐ繋がります」

 クラビスが実験施設を稼働させたと告げた。その時、空間全体が薄緑色に輝き始め、閉鎖されている空間にほころびが生じる。


 その綻びが大きくなり、都市宇宙船でも通り抜けられるほどの穴が開いた。その穴に向かって都市宇宙船が突進する。外に出ようとする都市宇宙船は、穴の周囲に発生した空間の歪みに引き戻されそうになった。


「大加速力場ジェネレーターを、全開にするぞ」

 ミネルヴァ族のグルードから連絡があった。都市宇宙船が加速するのを感じる。今回は慣性力抑制装置を使っていないようだ。空間に生じる引力で本来の加速が出せないので不要だと判断したのだろう。


 ジリジリと都市宇宙船が穴から抜け出し、通常空間へと戻り始める。都市宇宙船の垓力蓄積装置に蓄えられた膨大な垓力が加速力場へと変換され、強力な推進力となって船を進ませた。


「マスター、前方で誰かが戦っているわ」

 スクルドの声で、前方に注意を向ける。すると、私の感知能力がレオらしい魔導師と誰かが戦っているのを感じた。

「映像をメインモニターに出してくれ」

「いいわよ」


 スクルドがメインモニターに都市宇宙船から手に入れた影像を映し出す。そこにレオと魔導師が戦っている姿が確認できた。


「あれは蒼鬼神じゃないか。なぜレオと戦っているんだ?」

「蒼鬼神は、鬼人族に捕縛されたはずだわ。鬼人族から逃げ出したという事かしら」

 私は蒼鬼神の背後に大きな破壊痕がある巡洋艦を見付けた。

「いや、蒼鬼神に命令を出しているのは、あの巡洋艦らしい」


「あのデザインからすると、鬼人族ね。鬼人族が敵対していた蒼鬼神を洗脳して操っているのかしら?」


「たぶん、そうだろう。レオを助けるぞ。アキヅキで巡洋艦を叩いてくれ」

「仕方ないわね」


 私はMM型機動甲冑を着装し、戦闘支援ビークルに乗って外に出た。素早くレオに接近すると話し掛ける。


「遅くなった」

「全くだ。遅すぎにゃんだにゃ」

 レオは怒っているような口ぶりだったが、内心ではホッとしているだろう。

「あの空間の内部を調べるのに、時間が掛かったんだ」

「仕方にゃいか。それより蒼鬼神のクリムゾンレーザーに対抗する魔導技を持っているか?」


「離震レーザーがある」

「どんにゃ魔導技か分からにゃいが、それで蒼鬼神を攻撃してくれ。僕が近付いてトドメを刺す」

「了解」


 私は膨大な天震力を取り込んで三十光径のレーザー光に変えると、離震軸という高次元方向に振動するエネルギーを加えて放った。


 それに気付いた蒼鬼神は、離震レーザーを躱すために激しく動き回り始める。そうすると、レオへの攻撃が減った。その隙にレオが蒼鬼神に接近する。


 それに気付いた巡洋艦がレオを攻撃。

「クソッ、にゃんて事だ」

 その時、復活した巡洋艦のバリアにアキヅキによる三十光径荷電粒子砲のプラズマ弾が命中した。バリアの表面で火花が飛び散り、バリア全体が大きく揺らぐ。


 一方、私と蒼鬼神の戦いは、離震レーザーとクリムゾンレーザーの撃ち合いとなっていた。それが続くと五分五分の状況で膠着状態に陥った。


 私は疲れを感じながら真空を自由自在に飛び回ってクリムゾンレーザーを避け、離震レーザーを放つ。ただレーザーの撃ち合いは、蒼鬼神にがあった。離震レーザーは開発したばかりで熟練しているとは言えず、蒼鬼神はクリムゾンレーザーに熟達していたからだ。


 クリムゾンレーザーが魔導装甲を掠めた。それだけで魔導装甲が揺らいで崩壊しそうになる。しかも、その衝撃で戦闘支援ビークルが制御を失い、回転を始めた。


「うわっ!」

 思わず大声を発していた。急いで回転する戦闘支援ビークルを立て直し、魔導装甲を張り直す。魔導装甲も強化しなければならないな。


 宇宙でレーザーの撃ち合いをするというのは、かなり精神に負担が掛かる。直感を信じて自在に飛び回りながら、ここぞと思う瞬間に離震レーザーを放つ。それをベテラン魔導師の蒼鬼神が予知していたかのように避ける。


「こいつも、レオと同じだ」

 蒼鬼神はベテランらしく戦闘慣れしており、経験が浅い私が不利だった。レオが蒼鬼神の足の方から近付いている。そして、間合いに入った時、レオが天震力を何百という黒い刃に変えて蒼鬼神に向かって放った。


 私と戦っていたので、気付くのが一瞬遅れた蒼鬼神は避ける事ができなかった。多数の黒刃が蒼鬼神の魔導装甲にぶつかって砕け散る。それが五、十、二十……と増えると、蒼鬼神の魔導装甲も耐えきれなくなって崩壊。ついに黒刃が蒼鬼神の身体を捉えた。


 その瞬間、蒼鬼神の身体が白い繭のようなもので覆われた。

「あれは何です?」

 レオに尋ねると、

「かにゃり難易度が高い『救命コクーン』という魔導技だ。魔導師が大怪我を負った時に、自動的に発動するようににゃっている」

 と教えてくれた。


 それは医療機能を持つ魔導技らしい。その存在を知識としては知っていたが、見たのは初めてだ。ちなみに、レオが使った魔導技は『黒刃ストーム』という名前だという。一撃の威力はクリムゾンレーザーが上だが、四等級魔導技である黒刃ストームは、躱す事が難しい攻撃だった。


「近付いて、トドメを刺さにゃければ」

 レオが蒼鬼神にトドメを刺そうとする。

「ちょっと待って。蒼鬼神は鬼人族に洗脳されている可能性があります。どうにかできないですか?」

「洗脳? それにゃら一つ方法がある。僕が蒼鬼神を相手している間に、巡洋艦を始末するんだにゃ」


 巡洋艦の方を見ると、アキヅキと戦っている。本来は巡洋艦が圧倒的に有利なはずだが、レオが与えたダメージのせいで、互角の戦いになっている。私はアキヅキの方へ向かった。


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