第165話 ミネルヴァ族

 この空間から抜け出す方法をクラビスに質問した。

「この施設は限界に来ています。通常空間とこの空間を繋ぐと、不具合のせいで空間を歪ませ、強烈な重力を発生させてしまうのです」


「という事は、その重力に打ち勝ち、脱出するだけのパワーが必要か」

「そうなります。私には少しばかりの技術知識がありますから、あなたの船を脱出させる協力をいたします」


 謙遜するロボットというのは初めてだ。いや、もしかすると事実を言っているだけかもしれない。クラビスの基準が天神族だとすると、『少しばかり』というのは事実なのだろう。


「ありがとう。お願いします」

 クラビスによると、おっさんアラクネたち、かれらは『ミネルヴァ族』と呼ばれている。このミネルヴァ族が全部で六百体ほど存在するらしい。


 そのミネルヴァ族の代表を、クラビスは呼んだ。いつまでも通路で話をする訳にもいかず、我々はクラビスが案内した部屋に向かう。クラビスが選んだ部屋は会議室のような部屋だった。そこでMM型機動甲冑を脱いだ。


 その部屋におっさんアラクネであるミネルヴァ族の代表が現れた。近くで見るミネルヴァ族は、ロボットの蜘蛛にサイボーグのような上半身が載っており、器用そうな手を持っていた。私がミネルヴァ族を生体整備ロボットじゃないかと思ったのは、一見ロボットのような姿なのに顔に表情があり、目に感情が浮かんでいたからだ。


 宙域同盟の人々はロボットに知性を持たせる事を恐れている。だが、天神族は例外のようだ。普通の知性体では到達できないほど進化を遂げているからだろう。


 クラビスがミネルヴァ族に事情を説明すると、ミネルヴァ族の代表グルードが笑った。

「それなら最適の船があるぜ」

 その答えを聞いたクラビスは、理解できなかったようだ。

「そんなものを、いつ用意したのです?」


「あの宿泊施設さ。以前、あれを改造しても構わねえという許可をもらっただろ。ミネルヴァ族が総力を挙げて都市宇宙船に改造した」


「しかし、外から見た様子では、朽ち果てた施設のように見えますが?」

「面白そうだから、見た目はそのままにしておいた」

 ミネルヴァ族というのは、もの作りに特化した職人の種族のようだ。宿泊施設を本当の都市宇宙船のように改造したのは、遊びだったらしい。


「しかし、材料はどうしたのです?」

「ここに引き込まれた航宙船から、様々なものを回収して使ったぜ」

 天神族のもの以外は、勝手に使って良いとミネルヴァ族は考えているようだ。私たちとクラビスは都市宇宙船に改造されたという宿泊施設に行って確かめる事にした。


 ミネルヴァ族は移動手段として球体の小型連絡艇を使っているそうなので、それに乗り込んだ。出発する前にスクルドに連絡してアキヅキも宿泊施設へ行くように指示する。


 アキヅキに乗っている調査団の生き残りも、宿泊施設の宇宙港みたいな場所で合流した。調査団の目的は、『幽霊船』に関する謎を解き明かす事だ。自分たちの目で確かめたいという。


 宿泊施設、いや改造されて都市宇宙船になっているというから巨大航宙船なのだろう。その内部は綺麗に整備されていた。


「どうだい、綺麗なもんだろう」

 ミネルヴァ族のグルードが自慢そうに言った。外から見た都市宇宙船は難破船の中に廃墟があるような感じだったが、内部はミネルヴァ族が改造していた。それらの改造はミネルヴァ族が使いやすいように魔改造してあるので、人間が使いにくい部分もあった。


 クラビスがグルードに目を向けた。

「この都市宇宙船の推力で、実験施設が発生させる重力に逆らい脱出できるのですか?」

「問題ない。こいつのエンジンは大加速力場ジェネレーターだ」


 大加速力場ジェネレーターというのは、普通の加速力場ジェネレーターの効率を数倍にしたものだそうだ。グルードの説明によると、膨大な天震力や垓力を使って凄まじい推力を発揮するという。都市宇宙船の場合は外から流入した垓力を溜め込んで使う仕組みになっている。


 都市宇宙船の推進機関は、垓力収集デバイスと垓力蓄積装置、それに大加速力場ジェネレーターの組み合わせで成り立っているらしい。大加速力場ジェネレーターもそうだが、垓力蓄積装置も我々が持っていない技術だ。


 それだけではなく、都市宇宙船には慣性力抑制装置も設置されているという。その技術は以前から欲しかったものだ。大加速力場ジェネレーターは慣性力抑制装置が必要なほどの加速を出せるのだろう。


 それから実験施設を処分する準備と、この空間を脱出する準備が始まった。まずアキヅキを都市宇宙船の宇宙港に固定する装置を作製した。ミネルヴァ族たちがアッという間に作ったので、その技術力を再認識する。


 豹人たちはクラビスに短距離ワープの技術を教えてくれるように頼んだようだ。だが、天神族の許可なく教えられないと断られたという。まあ、当然だろう。


「マスター、気になる事があるの」

 脱出の準備が終わりそうになった頃、スクルドが言い出した。

「気になる事というのは?」

「この宙域を通る船を、海賊が襲っていたという事実よ。ここに近付けないようにしていたのかも」


「誰かがここに近付かせないようにして、調べていたというのか?」

「海賊の仲間が待ち構えているかもしれないな。……でも、外にはレオが居るはずだ」

「戦いになっているかも」

 レオなら大丈夫だろうと思った。


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