第164話 管理者クラビス
「なぜ開いたのかしら?」
「魔導師に関係するチェックをしたようです。私が魔導師だから開いたのかもしれない」
「そうにゃのですか」
イオハは首を傾げていた。意識フィールドのようなものを使ったチェックは、イオハには感じられなかったようだ。
中に入ると自動的に扉が閉まり、空気が充填される。MM型機動甲冑には空気をチェックする機能があり、それによると呼吸しても大丈夫な空気である。その時に前方にある扉が開いた。ここは大きなエアロックだったらしい。
「進もう」
「でも、どちらに進むの?」
その先には通路があったのだが、三方向に分かれていた。
「ここの心臓部は中心付近にある、とスクルドが推測していた。下に向かう階段かエレベーターを探そう」
ここには照明も人工重力もあるので、エネルギー源が生きているのは確実だ。三方向に分かれている通路の真ん中を選んで進み始める。
二十メートルほど進んだ時、前方に奇妙なものを発見した。体長九十センチほどの蜘蛛の体の上に上半身だけのおっさんが載っている。ギリシャ神話には蜘蛛と女性が合体したようなキメラであるアラクネという化け物の話が出てくる。アラクネは美しい女性の上半身が蜘蛛の上に載っているが、これはおっさんだ。しかも手には工具入れみたいなものを持っている。
そいつは我々を見ると凄いスピードで逃げていった。私とイオハは顔を見合わせた。
「今のは?」
「モンスターに見えたけど、手には工具入れみたいなものを持っていたね」
「もしかすると、アウレバス天神族が創造した生体整備ロボットみたいにゃものだったのかもしれにゃいわね」
「この中には、ああいうのがうじゃうじゃ居るという事?」
「本当に生体整備ロボットにゃら、そうにゃるわ」
「まずいかもしれない」
「何がです?」
「生体整備ロボットが居るなら、生体警備ロボットが居るかも」
次の瞬間、後ろの方から騒がしい音が聞こえてきた。そちらを見ると、ムカデ型のモンスターが集団で近付いてきている。あのおっさんアラクネが、報せたのだろう。
「先に逃げろ」
イオハにそう言った私は、魔導装甲を展開するとムカデ型モンスターと戦い始めた。このモンスターは全長四メートルほどの大ムカデで、多数ある足の先に杭のような
「あんなのに刺されたら、死ぬ」
近付いてくる大ムカデに向かって粒子円翔刃を放つ。そのボソル粒子を輪にした刃は大ムカデを切り裂いた。次の大ムカデを攻撃しようとした時、大ムカデの動きが止まる。
「攻撃をやめて」
イオハの声がした。そちらに目を向けると、イオハの他に少しスクルドに似ているロボットが立っていた。モデルのような体形だが、暗い赤色の金属で作られたボディの上にギリシャ神話の女神のような顔がある。髪は銀色でゾロフィエーヌと同じだ。
このロボットはゾロフィエーヌに似ているが、耳が普通なのでゾロフィエーヌのような種族をモデルに作ったのではないようだ。
「私は、この実験施設の管理者クラビスです」
「私は魔導師のゼンです」
「あなたたちが、この施設に入るのを許したのは、私です」
天神族の創造物であるクラビスがどうして許したのだろう? 何か理由があるのだろうか?
「その理由を聞いてもいいですか?」
「ちょっとした頼みを聞いてもらうためです」
「その頼みというのは?」
「この実験施設は、最後に残ったテストだけを除いて、全ての役目を終えています。そして、最後の耐久テストも結果が出ました。その結果を創造者に報告しなければなりません。ですが、創造者たちは、この宙域を去ったようです」
私とイオハは頷いた。
「そこで、あなたに最後の報告を宙域同盟に伝えて欲しいのです」
「分かりました。お引き受けします。その前に一つ聞きたいのですが、この施設は何の実験をしていたのですか?」
「惑星と惑星を繋ぐ短距離ワープという古い技術を改良したものです」
私はイオハに視線を向けた。短距離ワープを古い技術と言ったのが気になった。
「短距離ワープというのは、使われているのですか?」
イオハが否定するように首を振る。
「使っているのは、天神族だけにゃのでしょう。ニャインリングワールドでも実用化されていません」
イオハは冷静に答えてくれたが、短距離ワープとは凄いものだ。これが広まれば、輸送業界に革命が起きるだろう。でも、なぜ天神族は短距離ワープの技術を広めなかったのだろう。
その点については、少し考えて答えに辿り着いた。どこかの種族が短距離ワープの技術を戦争に使ったのだ。普通なら何日も掛けて飛んでくる敵艦隊が、用意している防御システムを通り抜けて短距離ワープしてくるのだ。戦力が少しくらい下であっても問題なく奇襲できる。
そこまで考えて目的を果たしたのなら、この施設はどうなるのだろうという疑問が湧いた。それを質問する。
「ここの施設は、消滅させる事になっています」
「あの都市宇宙船や戦闘艦も?」
「あれは都市宇宙船ではありません。初期に使っていた研究者の宿泊施設です。移動能力はありません」
それを聞いたイオハが腑に落ちないという顔をする。
「でも、あの建設様式は、アウレバス天神族のものではありません」
「あれは、共同研究していたリカゲル天神族の故郷にある様式だそうです」
リカゲル天神族は単一の種族ではなく、様々な種族の中で精神を天神族と呼べるほど発展させた者の総称なので、リカゲル天神族は様々な種族が入り混じっている。
但し、その中で中心となっているのは、ゾロフィエーヌのようなエルフ族である。
「ここに住んでいる者は、どうなるんです?」
管理者クラビスや生体整備ロボットなどが、どうなるのか確認にした。
「一緒に滅ぶ事になるでしょう」
それはあんまりだと思った。それで一緒に外に出ないかと提案した。
「しかし、創造者からは施設を始末しろという命令が出ています」
「でも、中のあなたたちも消滅しろ、とは命令されていないのだろ。それなら構わないんじゃないか?」
「そうですね。外に出れるのなら、創造者たちに確認してみます」
この管理者クラビスは、天神族の高度な技術を知っているはずだ。それが欲深い者に知られると狙われるかもしれない。情報の漏洩には気を付けなければ。
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