第161話 怪しい空間
『幽霊船』の調査は私とスクルドだけで行く事にした。但し、船幼虫のウェスタも連れて行く。ウェスタは全長三メートルほどに成長し、アキヅキの格納庫で生活する事になる。
サリオが私とスクルドだけだと人手不足じゃないのかと言ったが、ペトロニ号のレオたちも居るので人手は十分だろう。アキヅキに乗り込むと『幽霊船』の目撃情報がある第四小惑星帯を目指して飛ぶ。
「マスター、『幽霊船』とは何だと思う?」
「都市宇宙船の幽霊船か。宙域同盟では都市宇宙船というのは珍しいんじゃないか?」
「そうなのよね。考えられるとしたら、宙域同盟の事を知らない種族が、都市宇宙船を建造して他の星へ行こうとする場合だわ」
そうなのだ。超光速飛行の技術を知らない種族なら都市宇宙船を建造し、隣の星まで行こうという計画を立てるかもしれない。だが、ここはナインリングワールドなのだ。宙域同盟の領域なので、超光速飛行の技術を知らない種族が居る可能性はない。
天神族が二百五十万光年ほど離れているアンドロメダ銀河に行くために、都市宇宙船を建造したという記録が残っている。但し、そんな都市宇宙船がナインリングワールドにあるとは思えなかった。
一緒に飛んでいるレオのペトロニ号が凄まじい加速でスピードを上げていく。
「おいおい、何であんなに飛ばすんだ」
「行方不明になった調査船には、知り合いが乗っていたそうだから、その人が心配なのよ」
アキヅキは屠龍戦闘艦の中でも大きな推進力を持つ方なのだが、垓力をエネルギー源とした加速力場ジェネレーターだけでは追いつけなくなり、私が天震力ドライブで加速させた。
「レオの屠龍戦闘艦は、どんな推進装置を使っているんだろう?」
「あの動きは、重力推進かもしれないわね」
重力推進は人工重力装置などに使われている技術を推進力に応用したものである。重力というのは、その物体が持つ質量によって生じる時空の歪みだと地球で聞いた事があるが、実際はもっと複雑なものだ。
文明レベルCの一般常識として知っているが、それを理解しているとは言えない。詳しい仕組みは知らないが、重力推進は時空の歪みを推進力に変えているようだ。
「さすが一流の魔導師だな。自分の屠龍戦闘艦にも金を掛けている」
重力推進装置は高価だと聞いていた私は、そう呟いた。
「マスターも、もう少しお金を掛けてもいいんじゃないの?」
「それなりに掛けているつもりだけど」
スクルドが否定するようにに首を振る。
「アキヅキを建造してから、ルオンドライブ、垓力収集デバイス、垓力推進エンジン、遷時空跳躍フィールド発生装置などが製造可能になり、最近ではクリムゾンレーザーも製造できるようになったわ」
「それらをアキヅキに反映するべきだ、という事か?」
「そうよ」
イノーガー戦闘艦を解体分析して手に入れた技術は、軍事技術が文明レベルB、他の技術が文明レベルCというものなので、それらをアキヅキに組み込めば確実にレベルアップする。
「今度の件が終わったら、考えるよ」
デルトコロニーから第四小惑星帯までなら、通常十数日ほど必要なのだが、アキヅキとペトロニ号は半分の時間で到着した。
「ロード・ゼン、この辺りが『幽霊船』が目撃された宙域だにゃ。調べてくれ」
「了解、空間構造探査装置を使います」
空間構造探査装置を作動させると、アキヅキから空間探査波が放出された。周囲の空間構造の分析が始まり、結果がモニターに映し出される。
「今のところ正常な空間だけよ」
スクルドの言葉に頷いた。そして、半日ほど調査を続けた頃、モニターに赤いマークが点滅する。
「異常空間を発見。近付いて詳しく分析するわ」
「了解」
私はレオに連絡するために通信回線を開いた。
「レオ殿、異常空間を発見した。これから近付く」
「付いて行く」
アキヅキが異常空間に近付くと、前方の空間が淡い光を放ち始めた。それは薄緑色の光で直径三十キロほどの空間に広がった。
「これは何なんだ?」
私は薄緑色の光をジッと見ながらとスクルドに質問した。
「おい、あれは何だ?」
今度は通信機からレオの質問が聞こえてきた。
「私に分かる訳がないでしょ。それより何に反応して、光っているのかしら?」
スクルドが疑問を口にした。
「もしかして、空間探査波だろうか?」
私が直感で応えると、スクルドが空間構造探査装置の電源を切った。しかし、その光は収まるどころか強くなる。
その時、薄緑色に輝いている空間に凄まじい引力が発生した。アキヅキが大きく揺れる。スクルドが急いで薄緑色に輝く空間から離れようと、アキヅキを操縦する。
だが、ダメだった。アキヅキの推力より薄緑空間から発せられる引力の方が大きかったのだ。私は天震力ドライブも併用したが、ゆっくりと引き摺り込まれていく。
ペトロニ号の方を見ると、少しずつ離れていく。
「クソッ、もっと早くアキヅキを改良するんだった」
私は後悔したが、アキヅキは薄緑空間に呑み込まれた。そして、気が付いた時には、薄緑色に輝く空間に閉じ込められていた。
「ダメ、脱出できないわ」
スクルドが焦った様子でいろいろと操作していた。それが不思議に思えた。スクルドはロボットだ。焦るという感情があるはずがないのだ。
そのうちに薄緑色に輝いていた空間が、段々と光を失い始める。最後には暗い空間に戻った。ただ以前とは違う点があった。それはナインリングワールドの太陽であるアミラタール星の輝きや他の星の輝きが全部見えなくなったという点だ。
「ここは、通常空間とは異なるようね。閉鎖された別次元の空間よ」
焦ったように見えたスクルドが、元の優秀なロボットに戻ったようだ。空間を分析して報告した。
「ここは、どれほどの広さがあるんだ?」
「レーダー波が、最長でも百二十キロほど進むと戻って来るわ。それにレーダーの反応によれば、十数個の人工物があるわね」
「はあっ、厄介な事になった。取り敢えず調査船を探そう」
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