第156話 蒼鬼神と艦隊

 プラズマ弾やレーザー光が蒼鬼神に向かって飛んで行く。蒼鬼神はそれを最小限の天震力を使って対処した。プラズマ弾は魔導飛航術を使って躱し、レーザー光は鏡のような性質を持たせた魔導装甲で弾き返す。


「負けん。俺は負けんぞ」

 蒼鬼神ゴニス・ティカレスの脳裏に鬼人族の試作巡洋艦モウスで起きた出来事がよみがえった。


 あの時、モウスはメルバリー宙域の近くを目指して飛んでいるはずだった。だが、モウスの制御脳は細工されており、安全な宙域を飛んでいるはずなのに、メルバリー宙域の奥まで入り込んでいた。


 それはメインモニターを見ていたほとんどの者が気付かないほど精巧に作られたフェイク映像だった。だが、モニターに映し出される宇宙の様子に違和感を覚えた操縦士が声を上げる。


「艦長、何かおかしいです。モニターに表示されているデータは正確なのですか?」

 操縦士が艦長のルゴラ中佐に確認すると、興味を持った次期ロードのヴォリク・ジェルドも操縦士の傍に歩み寄る。


「まさか……偵察ドローンを出し、外を確認させろ」

 艦長が部下に命じた。そして、偵察ドローンが撮影した映像がモニターに映し出されると、ブリッジの全員が息を呑んだ。その時、ヴォリクの護衛だった蒼鬼神ティカレスも異常だと気付いた。


「ここは……メルバリー宙域じゃないか。艦を止めろ」

 艦長が慌てて命令した。だが、航宙船はすぐに止まれない。減速を感じた直後に、試作巡洋艦モウスは時空間黒点の重力異常に捕まった。


 それはブラックホールのように強力な引力で引きずり込もうとする。試作巡洋艦モウスは、回転して船尾を時空間黒点に向ける。時空間黒点の引力を断ち切るためにエンジンを全開しようとした。


 すると、そのエンジンが止まった。

「エンジン停止。何らかの故障だと思われます」

 操縦士の言葉に、次期ロードであるヴォリクがハッとした表情を見せる。

「故障じゃない。ビゴラだ。ビゴラのやつが、この艦に何か仕掛けたのだ」


 ヴォリクが言うビゴラというのは、次期ロードを廻る争いに負けた弟だった。試作巡洋艦モウスが時空間黒点に呑み込まれようとしていた。時空間黒点の重力異常は、乗組員にも影響を与え始め、凄まじい重力に身体が押し潰れる状況になった。


 蒼鬼神ティカレスは天震力を使って魔導装甲を展開し、時空間黒点の影響を遮断しようとする。それは成功した。だが、目の前で艦長や操縦士が血を噴き出して死に、護衛対象であるヴォリクが苦悶の表情を浮かべて気を失い、そのまま死んだ。


 ティカレスはヴォリクだけでも助けようと魔導装甲で包み込もうとしたが、なぜか上手くいかない。時空間黒点の何かが邪魔をしているのだ。生き残ったのがティカレス一人となった時、彼は絶望して狂気が生まれた。


 それらの出来事が走馬灯のように脳裏を走り抜けたティカレスは、膨大な天震力を引き出して赤いレーザー光のようなビームを撃ち出す。


 それはイノーガー戦闘艦が使うクリムゾンレーザーと同じ原理のものだった。ただエネルギー源が天震力だという点だけが異なっている。そのクリムゾンレーザーが鬼人族の駆逐艦を撃ち抜いた。


 激怒している蒼鬼神は、次々にクリムゾンレーザーを放って駆逐艦を攻撃。そのせいで鬼人族の駆逐艦の動きが止まり、内部で爆発が起きた。一隻二隻とロストする駆逐艦が増え、その状況を見た旗艦の巡洋艦が魔導師対策として持ってきた装置を使うために蒼鬼神に近付く。


 その巡洋艦を見た蒼鬼神は、狙いを巡洋艦に定めて攻撃を始めた。クリムゾンレーザーは駆逐艦のバリアを簡単に貫通したが、巡洋艦のバリアは一撃では貫通できなかった。


「生意気な。これならどうだ」

 天震力を注ぎ込んで強化したクリムゾンレーザーが、蒼鬼神から放たれた。前回放ったクリムゾンレーザーより太い真紅のビームが巡洋艦のバリアとぶつかり火花を散らす。そして、バリアが揺らぎ、ヒビが走る。


「もう少しだ。皆殺しにしてやる」

 蒼鬼神の目が血走り、再び大量の天震力の制御を始める。その時、巡洋艦に乗っていた情報参謀本部のガルバ准将が口を開く。


「艦長、例の装置を使え」

 准将の命令に従い巡洋艦の船首から何かが突き出される。それは巨大なパラボラアンテナのようなものだった。それが蒼鬼神に向けられ、正体不明の何かが発射された。


 その瞬間、蒼鬼神の精神に異常が発生した。正常に思考できなくなったのだ。蒼鬼神の魔導装甲は、害のない可視光以外の電磁波を通さないという性能だった。なので、攻撃は電磁波以外の何かという事になる。


「クッ、な、何をした?」

 蒼鬼神は必死で逃げようとした。だが、精神を集中できずに魔導技が発動できない。接近した巡洋艦から、ロボットアームを付けているドローンが宇宙に放たれ、蒼鬼神を捕獲すると巡洋艦に運び込んだ。この時には、魔導装甲も展開できないほど蒼鬼神は弱体化していた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 その頃、アキヅキのブリッジではメインモニターに映し出される蒼鬼神と艦隊との戦いを観戦していた。この映像は逃げ出す時に残した偵察ドローンが撮影したものである。


「二つ名を持つ魔導師と言えど、艦隊相手では分が悪いという事か」

 レギナが首を傾げた。

「いや、鬼人族の艦隊は、対魔導師用の装備を用意していたから、蒼鬼神を捕獲できたのだと思う」


 通信を傍受していたので、あの魔導師が蒼鬼神である事は分かった。蒼鬼神は地仙級の一つ上で天賢級グレード1の魔導師だという事だ。


「でも、何で殺さずに捕獲したのでしゅかね?」

 サリオが腑に落ちないという顔をしている。

「あの蒼鬼神を、何かに利用しようと考えているのよ」

 スクルドが間違いないというように断言した。


「私も、そんな気がする。ヴォラドコロニーの動きには注意していた方がいいかもしれない」


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