第21話 暴竜ベルゴナ

 間近で見る独角サウルスは大きかった。体長は五メートルほどで、体高が二メートルほどもある。その巨体がこちらに向かって走って来るのだ。


 宇宙での戦いではかなり離れた距離で戦っていたので、それほど恐怖を感じなかったが、数メートルという距離までモンスターが近付くと恐怖で身体が震えそうになる。その恐怖を抑え、粒子貫通弾を放った。


 その粒子貫通弾が僅かに逸れ、独角サウルスの背中に傷を付けただけで飛び去る。独角サウルスの角が粒子装甲を跳ね上げ、私の身体を宙に飛ばす。空中で一回転してから地面に落下した。


「ぐふっ」

 粒子装甲の御蔭で骨折とかはないようだが、かなり痛かった。私は慌てて立ち上がり、独角サウルスを見る。方向転換した独角サウルスがまた体当たりしようとしている。


 今度は独角サウルスにしっかりと狙いを付けてから粒子貫通弾を放つ。粒子貫通弾は独角サウルスの肩に命中し、体内を貫通して致命傷を与えた。


 膝からガクリと倒れた独角サウルスが地面に横たわり動かなくなった。ホッとして近付き、独角サウルスの生死を確かめる。


 死んでいる事を確かめてから、その角を剥ぎ取った。剥ぎ取りに使った道具は、エレベーター街の店で購入した高速振動ナイフである。この独角サウルスの肉も不味いので持ち帰る価値はない。


 回収した角はズシリと重い。

「この重さだと、角二本を運ぶのは無理だな」

 私は早々に帰る事にした。その時、森の奥から凄まじい音が響き渡った。

「何だ?」


 森の奥へ視線を向ける。すると、また大木がへし折れるような音が聞こえた。

「これって、ヤバイ?」

 逃げようかと思ったが、この騒ぎの原因を知りたいという好奇心が湧いた。粒子装甲に十分な防御力があると確かめられたので、少し強気になっていたのかもしれない。


 粒子装甲を維持したまま音がした方向に進んだ。森の奥へと進むと何者かが戦っている気配を感じる。その方向へ近付くと、二匹の巨大な竜が睨み合っていた。


 それは暴竜ベルゴナだった。全長が十五メートルほどもある巨大な二足歩行の恐竜である。暴竜ベルゴナは竜であるが、ドラゴンではなかった。ドラゴンは口からブレスを吐き出す種族という定義があり、暴竜ベルゴナはブレスを吐き出さない。


 少し大きな方の暴竜ベルゴナが、もう一方の暴竜の周りをスキップ、いやスキップしようとして失敗した時のような歩き方で回っている。回っている暴竜ベルゴナは、何かを訴えるように吠えている。こういう光景を以前にも見た覚えがある。


「あ、これは鳥の求愛行動に似ているんだ」

 その時、ドガッという凄まじい音が響いた。メスだと思われる暴竜ベルゴナが尻尾を振り回し、相手を一撃して倒したのだ。


 そして、その頭をメス暴竜ベルゴナが踏み付ける。倒れている暴竜ベルゴナが小さい声で鳴いた。それを聞いたメス暴竜ベルゴナがプイッと横を向き、足をどける。


 オスを気に入らなかった暴竜ベルゴナは去り、残った暴竜ベルゴナがよろよろと起き上がろうとしている。それを見てチャンスだと思った。オス暴竜ベルゴナが放心状態だったからだ。ただこの状態の暴竜ベルゴナを倒すのは、同じ男として問題ないかと一瞬だけ思った。だが、相手はモンスターなのだ。


 私は『粒子撃・円翔刃』の一撃に賭ける事にした。パワー導管の制御門は開放レベルTになっている。その状態で集められるボソル粒子と天震力で粒子円翔刃を撃ち出した。


 音速の七倍で飛翔した粒子円翔刃は、大気を切り裂き暴竜ベルゴナへと飛んだ。それに気付いた暴竜ベルゴナが前足を振って粒子円翔刃を叩き落とそうとする。そのせいで首を刎ねるはずだった粒子円翔刃が、片手を切り落としただけで飛び去った。


「あっ」

 失敗したと分かり、思わず声を上げてしまう。暴竜ベルゴナの顔が歪み、こちらに向けられた目には苦痛と怒りが浮かんでいる。咆哮しながらドカドカと音を響かせて迫ってくる。


 びびって怯みそうになる心を落ち着け、もう一度粒子円翔刃を放つ。その攻撃が暴竜ベルゴナの腰を切り裂いた。だが、致命傷ではなく暴竜ベルゴナが襲い掛かってきて私の腹を蹴飛ばした。


「ぐふっ……」

 粒子装甲で威力のほとんどを吸収したのだが、僅かに身体まで届いた衝撃で内蔵が破裂するかと思うほど激痛が身体を駆け抜ける。地面を転がった私は、死ぬかもしれないという恐怖で必死に起き上がった。


 暴竜ベルゴナも苦しそうに息をしている。そして、腰から大量の血が噴き出て地面を濡らしていた。それでもよろよろと近付いて来る。次で仕留めないと死ぬと思った。慎重に狙いを付けて粒子円翔刃を放ち、それが暴竜ベルゴナの首を刎ねる。宙を飛んだ首が地面に落ちると、巨大な暴竜ベルゴナが横倒しになった。


「やった!」

 体中が震えるような喜びが湧き起こる。そして、思い出したように苦痛が襲い掛かった。本当ならもっと訓練してから、倒すつもりだった暴竜ベルゴナを倒せたのは幸運だった。


 少し時間が経って冷静になると、もう少しで死んだかもしれないと思い身体が震え出した。恐怖が湧き起こると同時に、今までにない充実感を味わった。


「ゾロフィエーヌにもらった『高次元アクセス法』が、使えるようになった時、自分が特別な存在になったと感じたけど、勘違いだったな」


 手負いの暴竜ベルゴナも一撃で仕留められなかった自分の力量を実感した。それ以降、自身に対する評価を厳しくするようになった。


 暴竜ベルゴナの胸にある龍珠を取り出したかったが、自分の技術では無理そうだ。仕方ないので、ギルドの通信端末で輸送担当を呼ぶ。


 三十分ほどすると、上空にホバーバイクが現れた。木の枝に引っ掛からないように気を付けながら着陸する。その頃には苦痛もだいぶ治まっていた。


「ギルドの輸送担当の方ですか?」

「そうです。ジェゼロと申します」

 ジェゼロはワーキャット族である。猫を人型にしたような種族で、平均身長百五十センチほどと小柄な種族だ。


「こいつを運んで欲しい」

 ジェゼロが暴竜ベルゴナの死骸を見て驚いた。

「ゼンは、ランクFににゃったばかりだと聞いています。本当に自分で倒したのですか?」


 ランクFになった早々に暴竜ベルゴナという大物を倒したので、ジェゼロはびっくりしたようだ。

「暴竜同士の争い? があってダメージを受けていたが、トドメを刺したのは私だよ」

「にゃるほど、そういう事ですか」


「あの暴竜ベルゴナをどうやって運ぶんです?」

 ジェゼロは腕に嵌めているブレスレット型の装置を見せた。

「これは異層ボックスの一種である異層ブレスレットです。これを使って暴竜ベルゴナを運びます」


 ジェゼロは暴竜ベルゴナに近付き、異層ブレスレットを嵌めている手を向ける。すると、暴竜ベルゴナの死骸が消えた。切り離した頭の部分も一緒に異層ブレスレットに収納されたようだ。


「凄いですね」

「暴竜ベルゴナを倒したのですから、その龍珠を使って異層ボックスを作れますよ」

 異層ボックスは形によって『異層ブレスレット』や『異層ペンダント』と呼び分けられているようだ。


「暴竜ベルゴナの死骸は解体してよろしいのですね?」

「はい、お願いします」

「それじゃあ、僕は先に帰ります」

 ジェゼロはホバーバイクに乗って去って行った。


「ホバーバイクも欲しいな」

 ジェゼロを見送りながら呟いた。それから屠龍猟兵ギルドの買取部へ向かう。到着した頃には、暴竜ベルゴナの死骸は解体されており、ヴェゼッタからどうするか質問された。


「龍珠は異層ボックスにします。皮の一部は加工して防具を作りたいんですけど」

「それにゃら、ギルドから工房に依頼しましょうか?」

「お願いします」


 異層ボックスはペンダント型にするように依頼し、暴竜ベルゴナの皮でベルゴナアーマーセットと呼ばれる防護装備を作る事にした。そのセットはアーマージャケットとレザーパンツ、コンバットブーツの三点セットになっており、アーマージャケットをボルドーと呼ばれる暗めのワイン色、レザーパンツとブーツを黒に染めてもらう。


 異層ボックスの製作費を含めると、全部の加工費用が五百五十万クレビットになった。暴竜ベルゴナの残りの素材を売った代金が、六百万クレビットほどになったので、差額の五十万クレビットほどを受け取った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る