第3話 戦闘シミュレーター

「そんなモンスターと戦うなんて無理だろう」

 それを聞いたサリオが笑う。

「戦うのは素手じゃない。僕たちは機動きどう甲冑かっちゅうと呼ばれるパワードスーツを駆使して戦うのでしゅ」

 但し、ゴブリン族が製造した機動甲冑は、最低ランクのものらしい。


「その機動甲冑は、簡単に使えるようになるのかい?」

「いえ、厳しい訓練が必要でしゅ。これから始めるのが、その訓練になりましゅ」


 サリオが実物の機動甲冑を持ってきた。外観はテレビで見た事がある宇宙戦争を題材にした映画に出てくる白い装甲の兵士に似ている。その機動甲冑を着装した人間は、通常の三倍ほどのパワーを出せるようになるそうだ。例えば、五十五歳の私でも垂直跳びで百二十センチ以上跳躍できるようになる。もちろん、それは地球と同じ環境でという事だ。


 ただ与えられた機動甲冑は、ゴブリンたちが練習用として製造した装備を改造したものらしい。本来の機動甲冑は、最低でもパワーを八倍ほどに強化するという。


 背中には無重力空間を移動するためのスラスターパックが付属している。小さなリュックほどの大きさで二十分ほど連続でガス噴射する事ができるという。


「さあ、着装してみましょう」

 まず『バイオスーツ』と呼ばれる宇宙服を着る。体形にピッタリの全身タイツのようなもので身体を締め付け、気圧ゼロの環境で身体が膨張するのを防ぐ。


 それからサリオに教えてもらいながら機動甲冑を着装する。大きさの微調整ができるらしくサイズが合わないという事はなかった。そして、機動甲冑の腰の部分にあるスイッチで起動する。目の前にある透明な装甲レンズに文字が表示される。起動時のチェックをしているようだ。


 最後に『チェック終了、異常なし』という文字が表示された。それをサリオに伝える。

「それじゃあ、重力がある場所で動く訓練をしましゅ」

 新たな訓練が始まった。この機動甲冑は使用者の動作を感知し、その力を三倍に強化する。そのせいで何度も転んだ。それは機動甲冑の重量が三十キロほどあるというのも原因の一つだった。


「はあはあ……うわっ」

 機動甲冑を着装したまま十五キロほど走って倒れ、起き上がれなくなった。

「ゼンは、力を入れすぎでしゅ。機動甲冑がサポートするのでしゅから、そんなに力は必要ありません」


 今まではバナツゥと呼ばれていたが、サリオと親しくなって元の名前を呼ばれるようになった。


「はあはあ……慣れていないんだから、仕方ないだろ」

「時間がないのでしゅ。そんな事じゃ、宇宙クラゲにも負けてしまいましゅよ」

「でも、力が強くなっても、十メートルもあるような宇宙クラゲは倒せないだろう。武器は何を使うんだ?」


「スペース機関銃でしゅ」

 ガパン語ではゼロ気圧で撃てる機関銃という意味なのだが、頭の中の言語素子ナノマシンがスペース機関銃と翻訳したようだ。


「あの火薬を使って銃弾を発射する機関銃?」

「そうでしゅ」

 機関銃と言っても、地球にあるようなものではなく宇宙空間でも使えるように改良されたものらしい。


「しかし、銃弾なんて小さなものだ。そんなもので、宇宙クラゲが倒せるのだろうか?」

「スペース機関銃の銃弾には、炸裂弾を使用しましゅ。命中したら爆発しましゅから、宇宙クラゲの核を狙って撃てば倒せましゅ」


「なるほど。でも機関銃なのか、もっと進化した武器を使うのかと思っていた」

「そういう武器もありましゅが、高価なのでゴブリン族は僕らのような従属兵には使わせません」

 私はゴブリン族の科学が、どれほど進んでいるか尋ねた。


 サリオが文明世界のレベルについて説明してくれた。この宙域では文明レベルを公用語であるガバン語の文字を使って表し、それをアルファベットに変換すると次のようになる。


 レベルG:宇宙へ進出していない文明

 レベルF:宇宙には進出しているが、宇宙開発はほとんど行われていない文明<地球>

 レベルE:他の惑星開発が行われているが、自力で恒星間移動ができない文明

 レベルD:低レベルな恒星間移動手段を開発し、複数の恒星を支配下に置く文明

 レベルC:数百の恒星を支配下に置く文明

 レベルB:一万以上の恒星を支配下に置く強大な文明

 レベルA:銀河系全域で活動するが、他の銀河へは到達できない文明

 レベルS:銀河系全域で活動し、他の銀河まで到達できる文明<天神族>


 地球はレベルFに相当する。レベルF以下の文明は、保護すべき知的生命体として干渉不可というルールを天神族が決めたという。本来ならゴブリン族が自分のような地球人を下級民として使う事は処罰の対象になるのだが、広大な宇宙なのでバレないと考えているようだ。


「ゴブリン族は、レベルDなのか。見かけによらず凄いんだな」

 サリオが首を振って否定した。こういう仕草は地球人と同じだ。

「違う違う。ゴブリン族はレベルEでしゅよ。あいつら自力では恒星間移動できる航宙船を造れないのでしゅ」

「じゃあ、どうやって光より速く移動するんだ?」


 ゴブリン族は超光速飛行の技術を持っている種族から装置を買って利用するか。超光速飛行するサービスがあるので、それを使っているという。


 私は訓練を続け、重力のある環境で自在に動けるようになると、無重力状態で動く訓練を始めた。そして、それもできるようになると、またオーク型ロボットと機動甲冑を着装した状態で戦う訓練である。


 そんな訓練が何日も続き、ようやく武器を使った訓練になった。だが、実弾が入った銃は支給されず、空砲が入った銃で訓練した。後はシミュレーターを使った訓練も行う。


 それらの訓練の結果、五十五歳という年齢の割には動けるようになった。

「しかし、何で私のような年齢の人間を兵士にしようと思ったんだろう?」

 私はサリオに尋ねた。

「ゼンのようなヒューマン族なら、三百歳まで生きるのが普通だから、五十代なんてまだまだでしゅ」


 ここでは五十代も若いという認識のようだ。しかし、私をゴブリン族に売った闇シンジケートは、絶対だましていると思う。調べれば老化が進んでいる事は分かったはずだからだ。


 シミュレーターでモンスターの宇宙クラゲやダンゴムシのようなモンスター『凶牙ボール』と戦って半々の確率で勝てるようになった。凶牙ボールというのは、体長四メートル、巨大なダンゴムシのようなモンスターで近付いて噛み付く化け物である。


「今日も戦闘シミュレーションでしゅ」

「まだ続けるのか?」

「指揮官の命令でしゅ」

「はあっ、分かったよ」

 私はバイオスーツだけを着て、シミュレーターに入った。このシミュレーターの内部は直径五メートルほどのドーム状になっており、その内部に本物に見える立体映像が映し出される。


 突然周りが宇宙空間に変わった。私は機動甲冑を着装して宇宙を漂っている。手にはスペース機関銃を持ち、小惑星に近付いていた。突然、小惑星の陰から宇宙クラゲが飛び出してきた。


 私はスペース機関銃を構え宇宙クラゲの核を探した。幅が六メートルほどもあるぷよぷよした巨体の内部に赤い球が浮かんでいる。それが宇宙クラゲの核だ。その核を狙って引き金を引く。


 音は聞こえないが、スペース機関銃が振動している感覚が伝わっている。これはシミュレーターが私の身体に微弱な電流を流して錯覚させているそうだ。


 宇宙クラゲの核を砕いた瞬間、私はホッとして緊張を解いた。それがいけなかったようだ。宇宙クラゲの後ろから凶牙ボールが飛び出し、私に噛みついてきた。


「うわっ!」

 巨大な口が私の頭をパクリと咥えた。その瞬間、周りが真っ暗になって警報が鳴り響く。明かりが点いてサリオの声が聞こえてきた。


「死亡でしゅ。油断はいけませんね」

 溜息を吐くと、サリオが見ているカメラの方へ顔を向けた。


 シミュレーターでの訓練が続けられ、宇宙クリオネや宇宙クラゲ、凶牙ボールなら確実に倒せるようになった頃、補給艦ブラバが目的のゴルゴナ星系に到着した。


 補給艦ブラバは、途中何度か超光速で恒星間を飛んだらしいが、我々は睡眠カプセルで眠らされていたので、その間の事は全く分からない。


 ゴルゴナ星系の第三惑星をオーク族が支配下に置き、第五惑星をゴブリン族が支配下に置いていた。補給艦ブラバは第五惑星に接近し、ゴブリン族が支配下に置いた宇宙ステーションにドッキングする。


 私とサリオは、補給艦ブラバの情報ネットワークに侵入して宇宙の様子を盗み見ていた。そのツールとして使っているのが、シミュレーターである。


 下級民は携帯端末を持たせてくれないので、シミュレーターの通信機能を使って補給艦の情報ネットワークに侵入したのだ。サリオは情報ネットワークの技術に詳しいらしい。ちなみに、私のスマホは行方不明である。たぶん捨てられたのだろう。


 立体ディスプレイには、漆黒の闇の中で輝く星の海の中に、茶色い惑星と六百メートル級の航宙砲艦が映し出されていた。その航宙砲艦がゴブリン族の旗艦だという。


「これがゴルゴナ星系か。こんなところで戦うんだな」

「そうれすよ。惑星にはモンスターも居るはずなのでしゅ」


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