第2話 訓練と調教端子
下級民、奴隷という言葉が頭の中で渦を巻き、混乱して限界に達した。パニックを起こした私は、家に戻せと叫んで拉致した宇宙人を
叫び疲れて冷静になると、サリオが見慣れた光景だという感じで見ているのに気付く。
「本当に戻れないのか?」
「泣き喚いても戻れないでしゅ。逆らえば、殺されましゅ」
殺されると聞いてゴクリと生唾を飲み込む。
「首の後ろを触ってみるといい、現実が分かるから」
首の後ろに手を回して触ると、そこが何か埋まっているせいで
「これは何です?」
「調教端子でしゅ。コントローラーを持つ者がスイッチを押せば、全身を激痛が襲う仕掛けになっている。酷い時には死にましゅ」
「そのコントローラーを持っているのは、誰なんです?」
「部隊長が持っていましゅ」
部隊長と呼ばれるヴァルボは、機動偵察部隊の指揮官だそうだ。
「さあ、訓練室に行きましゅよ」
サリオは人工重力のない区画にある訓練室に私を連れて行った。訓練室だと言っていたので、トレーニングマシンが並んでいるのかと思ったが、長い通路だった。
その通路には、棒や輪っかなどの障害物があった。
「変な通路ですね」
「障害物を回避しながら、通路を往復する訓練でしゅ」
難しそうには見えなかった。
「言っておくけど、通路は無重力になっていましゅ。慣れないうちは難しいと思う」
一歩足を踏み出すと身体が浮いた。倉庫で体験した時と同じだ。その時、宇宙飛行士の話を思い出す。無重力状態では血液などの循環が影響を受けるので、顔がむくんだり鼻が詰まったりするらしい。だが、そんな感覚はない。
それをサリオに確かめると、注射した『体内調整ナノマシン』が自動的に調整してくれているという。そうしているうちに、頭が天井にぶつかる。
「さあ、訓練開始でしゅ」
天井に手を当てて自分の身体を前に押し出す。その力で前進を始めるが、思ったように進まない。ジタバタしながら通路を往復した時には疲れ果てていた。さすがに五十五歳だとすぐに体力が尽きて動けなくなる。
「はあはあ……上手くいかない」
「考えて行動しないからでしゅ。重力がないという事を前提に動くのでしゅ」
言うだけなら簡単なんだ。私は通路を五十回ほど往復させられた。終わった時にはへろへろになったが、何とか無重力状態で動くコツみたいなものを掴んだ。
それから訓練が何日も続き、無重力状態で自由自在に動けるようになった。その間に気付いた事がある。自分の肉体が若返り始めていると思われる事だ。
肉体に何かしたのかとサリオに尋ねた。
「『抗体免疫ナノマシン』『言語素子ナノマシン』『体内調整ナノマシン』の三つを体内に注入していましゅ」
サリオが言うには、『抗体免疫ナノマシン』と『体内調整ナノマシン』が機能して、少しだけ肉体が活性化しているそうだ。長命化処置を行った訳ではないので、若返った訳ではないらしい。
ちなみに、『抗体免疫ナノマシン』は免疫機能を高めるナノマシンで、標準的な細菌やウィルスから身体を守る。そして、『体内調整ナノマシン』は無重力などの惑星上とは違う生活環境での健康をサポートするためのものだという。
無重力空間での訓練が終わった後、ロボットを相手に体術の訓練が始まる。そのロボットは体長が二メートルほどもある豚人間、オークの形をしていた。
無重力状態でも重力があっても俊敏に動き、太い手と足で攻撃してくる。その手と足にはグローブやレガースのようなものが付いており、攻撃されても死なないようになっていた。
だが、その打撃は涙が出るほど痛く、青アザが残った。私がもう嫌だとゴネると、我々の様子を監視していた指揮官のヴァルボが出てきた。
身長は百四十センチほどで、緑色の肌、醜い顔、長い耳という特徴がある。まるでファンタジーアニメに出て来るゴブリンにようだった。ただ未来的な宇宙服を着ているので、もの凄く違和感がある。
「サリオ、何をじている。新人の教育もじぇきないのぎゃ?」
このガラガラ声と訛りには聞き覚えがある。
「申し訳ありません」
怯えた顔をしたサリオがペコペコと謝る。それを見た私は、この小さな異星人に対して怒りが湧き起こった。不服そうな目でゴブリンを睨む。
「貴様、その目は何だ? どうやら痛い目を見ないと状況が分からんらじいな」
歯を剥き出しにしたゴブリンが、手元の何かを操作しようとする。
「お待ちください。バナツゥはまだ何も分かっていないのでしゅ。今回だけは見逃してください」
サリオが必死で頼んだ。
ゴブリンが不機嫌そうに顔を歪めて、私を睨む。
「よく教育じておけ」
そう言ってゴブリンが去って行った。私が不満そうな顔をしているのを見ると、サリオが溜息を漏らす。
「分かっていませんね。今のは危なく調教端子を作動されそうになったのでしゅよ。もしかしゅると、死んだかもしれないのでしゅ」
サリオは調教端子が作動した下級民が、心臓発作で死んだ事があると教えてくれた。
嘘ではなく本当の事のようだ。あのゴブリンには反抗してはいけないという事である。それ以降、不満を言わずに訓練を熟すようになった。
ただ五十五歳の肉体はすぐに限界に達して酷い筋肉痛になった。数日間はちゃんと歩く事もできない有様である。
十数日が経過すると何とか訓練を熟せるようになったが、一つだけ我慢できないものがあった。それは、ここの食事だ。不味い、とにかく不味いのだ。歯磨き粉のようなチューブに入っているのだが、ほとんど味がせず微かにドブ臭い風味がする。
「サリオ、こいつの他には食べるものはないのかい?」
クーシー族であるサリオたちは、コラド星の第四惑星で暮らす種族なのだそうだ。運悪く宇宙海賊に捕まり、ここに売り飛ばされたらしい。歳は十八歳で若い。私とは年齢が離れているが、友人のような関係を築く事ができた。
ちなみに標準時間は、ほとんど地球と同じだった。一日が二十四時間に区切られ、一年が三百六十日だ。地球とあまり大差はないようである。
「ないよ。下級民は皆これを食べていましゅ」
この保存食チューブは宇宙の完全食と呼ばれている。いくつか種類があるらしいが、多くの種族にとって生存に必要なすべての栄養素とカロリーが入っているらしい。
「クーシー族は、宇宙船を持っている種族なんだよね?」
「持っていましゅけど、それが何?」
「サリオたちが
「たぶん探しただろうけど、ゴブリンの宇宙海賊に捕まったと分かった時、引き上げたと思う」
「仲間が海賊に捕まったのに、なぜ?」
「ゴブリン族は、三つの星系を支配しゅるゴヌヴァ帝国を築いているからでしゅ。奴らに逆らえば、星系に攻め込まれて帝国に組み込まれてしまう」
クーシー族は、宇宙で活動している種族の中でも弱小種族に分類されるようだ。それにしてもゴブリンが星間帝国を築いているなんて信じられない。
「ところで、私は何のために訓練されているのだ?」
サリオが溜息を漏らす。
「今頃になって、その疑問を尋ねるのでしゅか。まあいいでしゅ、この補給艦の目的地は、ゴルゴナ星系でしゅ。最近になって封鎖が解けた星系でしゅ。その星系で僕たちはオーク族と戦う事になりましゅ」
ゴブリン族とオーク族は、ほとんど同時にゴルゴナ星系が解放された事に気付き、その星系を領土とするために戦っているという。ちなみに、封鎖していたのは天神族の中の一種族だという。天神族って何だ?
「敵はオークだけじゃない。その星系にはモンスターも居るのでしゅ」
「モンスター?」
モンスターと聞いて、天神族というキーワードが頭の奥へ押しやられた。サリオがモンスターについて教えてくれた。惑星上や宇宙空間に棲息している化け物で、『
「生物兵器だって、そんなものを誰が作ったんだ?」
「アウレバス天神族でしゅ。この宙域において最も強大な勢力と超高度な文明を誇る三種族の中の一つでしゅ」
天神族と呼ばれる種族には、生命工学を極限まで発達させたアウレバス天神族、機械文明を極限まで発達させたモール天神族、精神文明を極限まで発達させたリカゲル天神族がある。
この天神族に比べれば、ゴブリン帝国など『鼻クソ』のような存在らしい。そんなゴブリン帝国に怯えているクーシー族はどうなんだという話になるが、そのクーシー族より遅れている地球人の事を考えると悲しくなった。
ちなみに、ゴブリン族が地球人より知能が高い訳ではない。ゴブリン族は古い種族であり、
という事なので、ゴブリン族が新しい発明をしたという実績はない。別の文明種族が発明したものをパクッて、自分たちの文明に使っているだけなのだ。
「そのモンスターを狩る職業もあるのでしゅよ」
その職業というのは『
「それでモンスターというのは、どんな化け物なの?」
「宇宙空間で一番弱い『宇宙クリオネ』が、体長が一メートルから十数メートルになるモンスターでしゅ」
それを聞いて顔から血の気が引いた。
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