ファンタジー銀河~何で宇宙にゴブリンやオークが居るんだ~

月汰元

第1章 宇宙の冒険者編

第1話 宇宙と私


―――――――――――――――――

2024年から投稿を始めた新作です。

どうか宜しくお願い致します。

―――――――――――――――――


 空を見上げると、都会では見えない天の川が輝いていた。五十五歳で役所を辞めて悠々自適な生活を始めた私は、一人で山梨県にあるキャンプ場に来ていた。


「天涯孤独か」

 私は関西で生まれ、十二歳の時に両親と一緒に関東に引っ越した。大学では国際政治学を学んで、公務員になるという人生を選んだ。


 今は独身のまま一人で暮らしている。昔から世の中に違和感を覚えながら生きてきた。この世界は私が居るべき世界じゃないと感じていたのだ。そのせいで友達をほとんど作らず、一人で過ごす事が多い人生だった。


 ただ悠々自適な生活を始めた頃から、人生を楽しむためにいろいろ試してみようと思い始めた。このキャンプもその一つである。


 キャンプ場は森の中にあり、近くには川もあるという釣りとキャンプが楽しめる穴場だ。森の中にある空き地にテントを張って焚き火でお湯を沸かし、夕食の準備を始める。


 自画自賛ではないが、週二回ジムで鍛えている私はこういう場所では様になる。百八十センチほどの身長とそこそこ整った顔に生まれたので、渋いおじさんがキャンプしているように見えるだろう。


 西の山に陽が沈み、辺りが暗くなるとセミの鳴き声も聞こえなくなった。私は即席ラーメンをお湯が入っている鍋に入れ時間を測る。


 今から作る即席ラーメンは、鶏ガラスープの素や昆布つゆ、キャベツとネギ、煮玉子やチャーシューを加えた豪華版だ。出来上がったラーメンを食べてから、天体観測を始める。


 天体観測と言っても本格的なものではなく、双眼鏡を使って天の川や星座、月などを観測する手軽なものだ。折畳式の椅子に座り、天の川を見上げる。


 こうしている時、時間がゆっくりと流れているような気がしてリラックスできる。白鳥座の一等星デネブを探している時、一瞬だけ星空がグニャリと歪んだ。


「ん、今のは何だったんだ?」

 首を傾げてから、もう一度星空を観察する。ちゃんとした星空だ。おかしなところはない。


「そう言えば、ネットで変なニュースを見たな」

 それは行方不明者が増えているというニュースだった。自然の中で一人で居た者が、誰かに拉致されたかのように行方不明になるという話だ。ネットでは宇宙人の仕業ではないかという与太話が広がっていた。


 今時いまどきは行方不明者など珍しくもないが、それらの事件はキャンプ場などの人目が少ない場所で起きているというのが共通点らしい。そして、もう一つの共通点は星空が綺麗な夜に行方不明になっているという点だ。


 宇宙人の仕業だとかいう噂があるようだが……正気かどうか疑うレベルだな。そんな事を考えながら笑って星空に目を戻した。その時、遠くでヴィーンという機械音のような音が聞こえた。何だろうと思っていると、またヴィーンという音が耳に届く。


 その音が段々と近付いてくるような気がして不安になった。その音がまた大きくなった時、近くの木の枝がザザッと鳴る。


 椅子から立ち上がり、キョロキョロと周りを見回す。焚き火の光は周囲の木々に邪魔をされて奥まで届かない。その奥で何かが動いた気配がするのだが、私には見えなかった。


 何かがおかしいと感じ、心の中に不安が広がる。キャンプ場の管理棟へ行って、管理人に相談しようと思った。


 懐中電灯とスマホを持って歩き出し、舗装道路まで出て管理棟へと向かう。後ろからヘッドライトのようなもので照らされて振り向いた時、眩しい光が目に入り周りが見えなくなった。バチッと音がして何かが自分の身体を貫き、息ができないほどの痛みが全身を駆け巡る。


 自分の周囲で光が踊りだした。光の乱舞、危険だと感じて逃げようとするが、麻痺したように身体が動かない。……動け、動け……強く念じたが、身体はピクリとも動かなかった。


 光が近付き、もうダメだと思った瞬間、意識が闇に呑まれた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 私は神宮司じんぐうじぜん、暗闇の中から意識が浮かび上がり寒さを感じた。目を開けようとしても目蓋まぶたがピクリとも動かない事に気付く。


「抗体免疫ナノマシンと言語素子ナノマシンに続き、体内調整ナノマシンを注入しましゅ」

「早くじろ」

 変な訛りのガラガラ声が聞こえる。その言葉は日本語ではなかったが、完全に理解できた。何が起きている? ここは病院なのか?


 肩にチクリと痛みが走る。注射を打たれたようだ。

「どれくらいじぇ動けるようになる?」

約一時間一アクスれ動けるようになりましゅ」

 空気が抜けるような変な訛りを感じる声が聞こえた。


 私の耳に『一アクス』という言葉が聞こえると同時に、それが約一時間の事であるというのが分かった。頭に中で自動的に翻訳された感じである。


「こいつぎゃ動けるようになったら、お前が面倒を見て訓練を始めろ。いいな」

「わ、分かりました」


 何の話だ? 訓練というのは何だ? ここはどこなんだ?

 ピクリとも身体を動かせないまま時間が過ぎた。すると、身体の奥に熱を感じ始めて少しずつ身体が動くようになる。


 目蓋が開いて周りが見えるようになった。そして、一番に目に入ったのが首から下は人で、その上に犬の頭が乗っている犬人間だ。その犬の顔は柴犬に似ている。


 ハロウィンかよ、病院でコスプレはないだろう。どんなアニメに出てきたキャラクターなんだ?


「バナツゥ、起きるのでしゅ」

 私に向かって犬人間が言った。なぜか語尾が変な風に聞こえたが、聞き間違いか? それにバナツゥって何だ?

『ここは病院なのか?』

 日本語で尋ねると、犬人間の顔が歪んだ。えっ、仮装用のマスクじゃないのか?


「そんな言葉は分からない。公用語のガパン語で話せるはずでしゅ」

 この犬人間は『す』が発音できずに『しゅ』に変わるようだ。それは良いとして、無理だと言おうとして、できそうなのに気付いた。自分の頭の中にガパン語に関する知識があったのだ。


「あなたは誰? ここは病院なのか?」

 ガパン語を使ってみた。自分自身でも驚いたのだが、ちゃんと喋れた。どうなっているんだ?


「僕はクーシー族のサリオ・バラケル。ここは病院ではない、ゴヌヴァ帝国の補給艦ブラバの中でしゅ」

 船だと……海の上なのか? 私は変な形のベッドの上で上半身を起こした。周りを見回すと金属製らしい壁に囲まれた小さな部屋である。そこに四つの酸素カプセルのような奇妙なベッドが置かれており、その一つに寝ていたようだ。


「降ろしてくれ。帰らないと……」

 ここが日本ではないらしいのに気付いて言葉に詰まる。その犬人間は哀れな者を見るような目を私に向けた。


「何を言っているのでしゅ。ここは宇宙でしゅよ」

 犬人間は私を展望室のようなところへ連れて行った。窓から外を覗き見て言葉を失う。そこには漆黒の闇を背景に小さな光が無数に輝いていた。


 その光景が異常な事に気付いた。下方を見ても海面が見えない、どうなっている。本当に宇宙という事はないはずだ。


 ここが宇宙のはずがないという気持ちは、犬人間が次に連れて行った倉庫のような場所で完全に否定された。その倉庫に足を踏み入れた瞬間、自分の身体が浮き上がり天井に頭をぶつける。そこには重力がなかったのだ。サリオに手伝ってもらって、倉庫の外に出る。


「ああっ……」

 私は絶望的な気分になると同時に混乱する。キャンプを楽しんでいたはずなのに……。


「分かったでしょ。ここは宇宙でしゅ」

「で、でも、さっきの部屋には重力があった」

「あれは人工重力。乗組員が暮らす場所には、重力を発生させているのでしゅ」


 地球と同じ重力加速度ではなかったが、それに近い人工重力を発生しているらしい。この時点で、当然のように人工重力があるというサリオを地球人でないと理解する。頭の部分が犬なのは、作り物ではなく本物だという事だ。


 私がどうして宇宙船の中に居るのか質問した。

「鬼人族の闇シンジケートから、違法の下級民として、バナツゥをゴブリン族の軍が買ったのでしゅ」


 私は『バナツゥ』と呼ばれているらしい。それはどうでも良いが、私は宇宙の犯罪集団に捕獲され、奴隷にも等しい下級民として、ゴブリン族の軍に売り払われたという。


 私が乗っている船は、そのゴブリン族が建造した補給艦だという。艦内に模型があったので見せてもらったが、昔のディーゼル機関車のようないかつい感じがする形状をしていた。ちなみに大きさは全長百七十メートルで、ダークグリーンに塗装されていた。ゴブリン族の軍艦はダークグリーンと決まっているそうだ。


 でも、ゴブリン族というのは何だ? 私が知っているゴブリン族はファンタジーに出てくる小さく醜い小鬼だけなんだが。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る