第37話

「昔話はその程度でいいだろう」


 ゆっくりと優雅な所作で食事をしながら、ユーゴが口を挟む。

 その視線は優しいが、話題そのものに対する関心は低そうだった。


「今日は貴様らに仕事を頼みに来たんだ」

「仕事ですか! ユーゴさんの頼みならなんでも引き受けますよ!」

「おいおい、エンゾ、安請け合いすんじゃねぇよ。ユーゴさんの頼みが楽だった試しがあるか?」

「ちげぇねぇ。だけど、出来ない仕事を持ってくるようなお人でもないさ」


 エンゾの発言に、楽しそうにサシャ、ルークの合いの手が続く。

 いずれの言葉も笑みを含み、ユーゴの役に立つのならば多少の不利益は構わないと考えている様子であった。


「可能な限り、期待に応えさせていただきたいと思います」


 それらの団員の発言を、最後はカイルが引き取った。

 それにユーゴは満足そうに緩く微笑した。


「さすがは青鷲団、頼もしいな。もちろん、俺は出来ないことを頼んだりなどはしない。なに、大したことはない、簡単でわかりやすい仕事だ」


 ナプキンで口元をぬぐうと期待の視線を寄せる彼らと順繰りに視線を合わせ、にっこりと笑いかけた。

 それは春に絢爛に咲き誇る大輪の花を思わせるような華やいだ笑顔だった。


「ドラゴンを一匹、退治してほしいのだ」


 空気が一瞬で凍りついた。

 春の雰囲気から急転直下、真冬に突入である。

 莉々子はよくわからないまま、きょろきょろと周囲を見回す。

 ユーゴの口ぶりがあんまりにも軽かったので、てっきりこの世界ではドラゴンというやつは手頃な獲物なのかと思っていたのだが、どうやらこの反応を見るにそれは誤解だったらしい。

 青鷲団の沈黙に、非常に不安を煽られる。

 重い口を開いたのは、やはり、リーダーだった。


「ドラゴンというと……、コモドラゴンのことでしょうか……?」

「いや、エラントドラゴンだ」


 がたん、と大きな音が室内に一斉に響く。

 青鷲団の面々が、一斉に椅子から立ち上がった音だ。


「帰るのか?」


 その様を見て、優雅に食後の紅茶を嗜みながら、ユーゴがのんびりと問いかけた。


「ま、まさか……」


 ユーゴのその問いかけに、冷や汗をぬぐいながらもなんとか苦笑いを作り、カイルはのろのろと着席した。

 その手はエンゾやエイデンの袖を掴んでおり、それにつられるように、他のメンバーも恐る恐る席へと腰を下ろす。

 リーダーを一人残して逃げることははばかられたのだろう。


(逃げ出したいくらいヤバイ話なのか……)


 彼らの反応を見て、莉々子は自分が相当ヤバイ話に片足を突っ込んでいることにやっと気がついた。

 彼らが着席するのと同時に、今度は莉々子が逃げ出したくなるが、残念、例えこの場は逃げられたとしても首輪がついている以上、莉々子に逃れる手段は存在しない。

 見たくはないが見ないわけにもいかないのでユーゴへと視線を戻すと、それはそれは美しいご尊顔で慈愛深く微笑まれてしまった。

 表面の造形だけなら天使に見えるが、哀しいかな、中身はとんだ悪魔である。

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