第38話

「北の領地との境にエラントドラゴンが出現してな」


 そして、頼んでもいないのに経緯を語り出した。

 切実に少し黙って欲しい。

 しかし、莉々子のそんな祈りも虚しく、話は続いていく。


「知っての通り、エラントドラゴンはコモドラゴンよりも遥かに巨体な種だ。伝記によれば、かつて王国騎士団8部隊で挑み、なんとか辛勝したとの記録がある」

「王国騎士団って1部隊何人なんですか?」

「30人だ」


 30かける8は? いこーる240人だ。


「……何人で挑む予定なんですか?」

「ここにいる青鷲団5名と俺と貴様の2名、それとあと5名ほど当てがあるな」


 5たす2たす5は?


「……12人しかいないじゃないですか」

「12人で挑むからな」


 ユーゴはすまし顔だ。


(馬鹿なのかな?)


 莉々子は首を傾げる。

 この人、馬鹿なんじゃないだろうか?

 いや、本気で。

 普通に考えて、プロの兵隊240人で辛勝する相手に、素人2人とアマチュア5人と素性の知れない当て5人で勝てるわけがないだろう。


「まぁ、30年近く前の記録だからな。装備も何もかもが今の方が優れているはずだから、実際は150人ほどとでも考えるのが妥当だろう」


 その計算は一体何を根拠にしているのだ。

 というか、それでも150人必要な計算だろうが。


「馬鹿なんですか?」


 思わず本音が口から飛び出していた。

 しかし、ユーゴはカップを机に置くと、ゆるりと笑んで尊大に頷いて見せた。


「ああ、そうだな、馬鹿なことだ」


 けれどその態度とは裏腹に、莉々子と向き合う瞳が途端に真剣な色へと変わり、ほの暗く光りを放つ。

 その光は真っ直ぐと、莉々子の瞳を射貫いた。


「エラントドラゴンが近隣に出ているにも関わらず、王国騎士団が派遣されずに地元住人だけで片をつけねばならないなどと、全くもって馬鹿な話だ」


 それは唾棄するような声音だった。

 その言葉に、声音に、青鷲団の面々の姿勢が正される。

 空気が一瞬にして、ピンと張り詰めた。


「馬鹿な話だ。まったくもって、おかしな事だ。けれど、やらねばならん。やらねば、今に被害がでる」


 我が領地の民に不要な犠牲者が出る前に、と厳かにユーゴは告げる。


「どうしても、倒さねばならんのだ」


 その視線が、周囲を見渡す。

 その場にいる全員と、静かに目が合わされた。

 金色の瞳がぞっとするほどに美しく輝く。


「誰かが」


 その視線に、青鷲団の面々が見えない所でぐっ、と拳を握ったのがわかった。

 それを受けて、ユーゴは力強く問い正す。


「貴様らは、いつかその誰かが訪れるのを待つだけか? 誰かが訪れるのを待って、日々挨拶を交わす隣人が傷つけられるのを黙って見過ごすか」


 腕を組んで、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「それも良かろう。悪くない。貴様らは全く何も、悪くない」


 言い捨てると、ユーゴは嘲笑った《わらった》。

 それは非常に悪辣で、見下げ果てたものを見るような笑みだった。


「貴様らは、ただ、何もせず、何も言わず、傍目からその危険を眺めていただけだ」


 一人一人の顔を確認するように睨んだ。

 その眼光の鋭さに、何人かは目線を伏せる。

 莉々子にもその視線が向き、息を飲む。

 その視線に、心臓をわしづかみされたような心地がした。

 すぐに視線は莉々子を通過し、呼吸が戻ってくる。


「悪い事など、一つもない」


 けれどその表情は言葉に反して、それを責め立てていた。

 身動き一つ出来ない聴衆達に、ユーゴの瞳は諦めたように色を失う。

 そこに浮かんでいるのは失望だ。


「悪い事をしたくないだけならば、来なくてかまわん」


 そう言い捨てて席を立つと、扉へと向かうように、皆に背中を向けた。

 しかし、扉の外へは出ずに、ぴたり、と立ち止まる。


「しかし、守りたいならばついてこい。エラントドラゴンから、その他の脅威から、貴様らの思う大切な人間を守りたいと少しでも思うのならば……」


 ゆっくりと振り返り、手を差し伸べて見せる。

 背後からは窓越しに光が差し込み、その姿を強烈に目に焼き付けた。

 それは鮮麗で壮烈な先導者の姿だった。


「共に、来い」


 差し出された掌が、力強く握りしめられた。

 それを合図に青鷲団の皆は、一斉に立ち上がる。

 そしてユーゴに忠誠を誓うかのように一斉に頭を垂れて膝を付いた。

 代表して、リーダーであるカイルだけが、面を上げる。


「ついて行きます。我々には、守りたい者がある」


 うむ、と満足気に目を細めて、ユーゴは頷いた。

 それは一枚の絵画のように現実離れして、華々しい光景だった。

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