第36話
「兄弟かぁ……」
その言葉にカイルが羨ましそうな声を出す。
「ユーゴさんにそういう相手がいて、少しほっとしましたよ。やはり、誰にでも安心できる場所は必要ですからね」
その言葉に少々含むものを感じて、莉々子は食事の手を一端休めた。
ユーゴと親しくしている莉々子に対して、嫉妬しているような気配を感じたからだ。
「皆さんも、ユーゴととても親しくしてらっしゃるんでしょう。様付けではなく、さん付けで呼んでいるくらいなのですから」
とりあえずなんとかフォローしようと無難な方へ話題をそらして見る。
その判断は正解だったらしい、カイルは「ああ」と嬉しそうに声を上げた。
「それは、最初ユーゴさんのことを領主の息子だと知らなかったからですよ」
「知らなかった?」
「ええ、初めて会った時、ユーゴさんは身分を偽って街に現れたんです」
うっとりと、遠い過去へ思いをはせるように、カイルの視線がどこかを見つめた。
夢見るようなその熱量に莉々子は若干引く。
いや、若干というよりどん引きだ。
街に出てから気づいたことだが、どうにもこの街の住民は、みんなユーゴのことが好き過ぎやしないだろうか。
(とんでもねぇ誘拐犯なのに……)
莉々子が引いている間にも、夢見るカイルの話は続いていく。
「リリィさんが先ほどおっしゃられた通り、ユーゴさんのお父上であられる故領主は、非常に領主らしい領主、貴族らしい貴族至上主義のお方でしてね。街は当時から賑わってはいましたが、税の取り立てや上からの締め付けが苦しく、息苦しい生活を強いられていたんですよ」
その話は莉々子も知識としては聞いている。
この世界は所謂“約束の血族”の独占政権のため、反乱やクーデターが起こることが少ない。一般の民がよしんば反乱を起こしたとしても王になれるのは“約束の血族”である以上、一人は“約束の血族”をメンバーに入れていないといけないのだ。しかし、現状でもうすでに“約束の血族”優位の世界のため、謀反の仲間に加えるというのはなかなかに難しい。
かつては地方の領主が自身のさらなる地位向上のためにクーデターを起こしたこともあったらしいが、今はそれを恐れて各領主が私兵を抱えることは原則として禁止され、他国へ繋がる国境に国の兵士が配置されるのみとなっている。もちろん、その兵に指示を出すのはその地の領主なわけだが、一応の名目は国の抱える兵士であり、また、各地の領主と必要以上に仲を深めてしまうことを恐れて、兵士の転勤は頻繁に行われていた。更には、中央から兵士達の直属の上司である騎士が派遣されるという制度を設けられていた。
その制度を最初聞いた時は他国との戦争があったらどうするのだとも思ったが、どうやら、この精霊支配体制は精霊の種類と伝承が多少変わるだけで他国でも同様らしい。
つまり、他国でも、その国の精霊と何らかの関わりのある血族のみしか王には君臨できない仕組みとなっているのだ。
そのためか、過去に争いは何度もあったが、最終的に王族は残しておかなければならないため、属国には出来ても実質的な支配は行えず、最悪の場合、敗戦国の王族に一族郎党自刃すると脅迫されて敗戦による負債をばっくれられた事件があって以降は、経済戦争が主になっているのだという。
まぁ、つまりは、どんなに不満があってもその地に住みたい人間は“約束の血族”に逆らうことができないということだ。
「当時は今以上に治安も悪くって、皆なんとか生活しているような状態でしてね。真面目に働いても税はたくさん取られるし、強盗は横行するしで不満だらけでしたよ。そんな時に現れたのが、当時9歳のユーゴさんで、服装も他の一般市民と同じような格好をしていましてね。噂で息子を引き取ったとは聞いていたんですが、まさか街中に現れるとは思わず」
「てっきり迷子かと思ったよなぁ、えれぇ態度のでかい迷子が出てきたと思ったが、言うこともでかくてな」
「暮らしを良くするために色々提案をしてくれて、騒動が起こった時には仲裁にも入ってくれましてね、青鷲団もみんなが安心して暮らせるようにとユーゴさんの提案で作ったんですよ」
カイルとエイデンが交互に話してくれるのをふんふん、と適当に頷きながら莉々子は聞く。
食事をする手はもう再開させていた。
なるほど、街の治安改善に貢献したがゆえの好感度の高さだったらしい。
従兄に憤っていただけあって、ユーゴはなかなかに住民思いなのだろうか。
敵に回すと恐ろしいが、味方にすると頼もしいタイプなのかもしれない。
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