第35話

「いただきます」


 ユーゴに散々叱られたので、マナーは守ってしっかりと挨拶をしてから食べ始める。

 しかし莉々子がマナーを守ったのはそこまでだった。

 腹いせにスパゲッティを食べる時にわざとスプーンを使わずフォークだけで豪快に、そして雑にすくい取ってこれ見よがしに行儀悪く食べてやる。

 ずぞぞぞぞ、と音を立ててすすってやった。

 ユーゴはその姿にわずかに眉をひそめる。


「リリィ」

「………」


 咎めるように名前を呼ばれる。

 しかし莉々子は態度を改めず、無視してそのまま食べ続けてやる。


「リリィ、行儀が悪い」


 とんとん、と机を指で叩いてこちらを向け、と合図されるが、それも無視した。

 サラダをずりずりと引きずってたぐり寄せ、パスタを食べたのと同じフォークでぶっさして、下品なくらいに大口を開けて食べる。


「リリィ!」


 ついに我慢できなくなったのか、ユーゴが机を指で強く叩いた。

 仕方がないのでそちらにちらり、と視線をくれてやる。


「マナーを守れ」

「人前で“食べていいぞ”なんて犬に許可を出すような発言する人にマナー守れなんて言われたくありませーん」

「なんだと」


 むっ、とユーゴの眉間に皺が寄るが、眉間に皺を寄せたいのは莉々子の方だ。

 無神経にもほどがある。


「貴様が物欲しそうな顔をしているからだろうが!」

「物欲しそうにしていても見て見ぬ振りをするのがマナーですぅ。証拠に青鷲団の皆さんは目をそらしてくれました!」

「貴様が見苦しかったからだろうが! 第一わざと行儀悪く振る舞うなど子どもか貴様は!」

「子どもじゃないですぅ。今年で25歳ですぅ」

「25ならそれなりの分別を身につけろ! あとそのみっともない話し方もやめろ!」

「だったらユーゴも13歳らしい可愛い振る舞いをしてくださーい」

「俺は立場にあった振る舞いをしているんだ……っ」


 ぎゃーぎゃーとしばらく喚いて喧嘩をする。

 非常に不毛だ。

 そのことにユーゴも気づいたのか、深くため息をつくと「もういい、好きにしろ」と投げ出した。


(勝った……っ)


 莉々子は心の中でガッツポーズを決める。

 しかしユーゴはそれも見透かしたのか「ただし」と余計な一言を付け加えた。


「正式な場でそれをしたら絶対に許さん、いいな」

「はーい」


 さすがにそこまでの度胸は莉々子もないので、ここまでの勝利で満足して大人しく手を挙げて良い子の返事をすることで幕引きとした。

 言い合いを終えて、いそいそと食事に戻る。

 なにせ、久しぶりのパンとサラダ以外の食事である。

 サラダの具材も、かかっているドレッシングもいつもと味が違う。

 それだけでテンションはうなぎ登りだ。

 ユーゴもそれをわかっているのか、一度でため息を留めるとカイル達の方へと向き直った。


「なんだ……?」


 しかし、そこでぽかん、とした顔をしてこちらを見ている青鷲団の一団と出会って、再び眉をひそめることになる。


「いや、あの……」


 ユーゴのその不審げな問いかけに、応じたのはリーダーのカイルだった。


「本当に、兄弟なんだと思いまして……」


 その言葉に、今度は莉々子が首を傾げた。


「どういう意味ですか?」

「ユーゴさんが、そんな大人げない言い争いをするところを始めて見たものですから」


 それと、呼び捨てにされているのも新鮮で……、と続けられた言葉になるほど、と莉々子は頷いた。

 ちなみにユーゴのことを呼び捨てにしているのは莉々子の意思によるものではない。変な話だが、莉々子がこれまでこの世界にきて、ユーゴのことを内心でも実際でも呼び捨てにしたのはこれが初めてだ。


 呼び捨てにしたのは、ユーゴの指示によるものだ。

 血がつながっていないとは言え、“兄弟”に敬称をつけるのはおかしい。

 故に、公式な場でない限りは“人前では呼び捨てにするように”というなんとも奇妙な指示が出されたのだ。


 これ、結構混乱しそうだから止めて欲しいと思ったのだが、まぁ、理由はまともなので反論は出来なかった。

 ちなみにあの程度の言い合いは何ヶ月か同居生活を送った弊害で何度か勃発している。もちろん、莉々子の命をユーゴが握っているという事実は揺らぎようがないため、ユーゴに許容する気がない限り、莉々子が言い争いに勝つことはあり得ないのだが。

 ユーゴは許容範囲ならば、多少の無礼も許す方針の主なのだ。

 もしかしたら莉々子のことを本当に犬のように可愛がっているつもりなのかも知れない。


「兄弟だからな、そのぐらいはある」


 ユーゴがすまし顔でそうのたまう。

 とんでもねぇ世紀の大詐欺師野郎だな、と思いつつ、莉々子もその向かいで最もらしい表情を作ると「兄弟ですから」と合わせて頷いた。

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