第32話
女性が救われてほっとするやら、人が急に凍りついてびっくりするやら、ユーゴに与えられたショックが収まらないやら、莉々子の心は忙しい。
馬鹿のように、ぽかん、と口を開けたまま座り込んでいると、ユーゴがその手を引いて、無理矢理莉々子を立たせた。
「怪我はないか」
「…………」
心配するような視線を寄こしたかと思えば、黙り込む莉々子の身体をざっと確認し、スカートに泥が付いていることに気付いたのだろう、わざわざ地面に膝をついて、その汚れを叩いて落としてくれる。
その行動にも、更に莉々子の頭は混乱を極める羽目になった。
呆然と、屈んだユーゴのつむじを眺める。
(一体、こいつは何をしているのか)
莉々子などどうせただの道具なのだから、土埃にまみれたまま転がしておけば良いのに。
人前では便宜上そのような人非道な真似をできないのだろうか。
今、目の前にある甲斐甲斐しく莉々子に手を焼くその振る舞いと、野望のための道具として莉々子を扱うこれまでの振る舞いが、頭の中でなかなか噛み合わずめまいを起こしそうだった。
(DV被害を受ける人間というのは、こんな心境なのだろうか?)
どんなにひどいことをされても、時々見せる優しさにほだされる?
そんなことが、あっていいはずがない。
莉々子の倫理観がそう叫ぶ。
しかし悪逆の直後に不意を突くように与えられた優しさと友好的な態度に、わずかに、心が揺さぶられるのは確かだった。
頭が追いつかず、それをぼんやりと見下ろしていると「ユーゴさん?」という声が横からかけられた。
「あの、一体……何をなさっているのですか?」
声をかけてきたのは先ほどの青鷲団のリーダーとおぼしき青年だ。
その目は、莉々子とユーゴの間を行ったり来たりしながら、なぜ、主人であるはずの貴族の少年が、召使いとおぼしき女性のスカートの汚れをはたいて取ってやっているのかと、その珍妙な光景に対する疑問を饒舌に語っていた。
「うむ、いや、なに……、少々事情があってな」
どう誤魔化すつもりなのかは莉々子には到底予想もつかないが、ユーゴが何事もなかったかのように跪いていた膝を直して立ち上がると、すん、といつものすました顔でそう告げた。
「腹が空いたな、一緒に食事でもどうだ?」
いくらなんでもその急な話題転換は苦しすぎやしないだろうかと思ったが、青年はいぶかりながらもなんとか同調するような相槌を打ってくれた。
どうやらあからさまな疑念を差し置いてくれる程度には、青年のユーゴに対する好感度は高いものらしかった。
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