第31話

 しかし、莉々子がそうしてうずくまっている間にも周囲のざわめきは収まらない。

 強盗は5人いたのだ。莉々子が捕まえたのはそのうちの一人だけだった。

 再び上がった悲鳴に、無視してしまいたい気持ちに蓋をして、状況を確認しようとなんとかのろのろと頭を上げた。


「たすけてぇ……っ」


 すると、散り散りに逃げた強盗のうちの一人が人質を取るためだろうか、人波に突っ込み逃げ遅れた一人の女性に迫っているのが目に飛び込んできた。

 女性は、腰が抜けてしまったのか、地面にへたり込んで逃げられない。


「あっ……!」


 頭では助けなければ、と思うのに、身体がそれには追いつかず、座り込んだまま、立ち上がれない。

 ショックを引きずっていることもそうだが、何よりも『命令』という強制がない状態で刃物を持った男性に飛びかかっていく勇気は、平和な日本で育った莉々子にはなかった。

 強盗の手が、女性を乱暴にひっつかむ。――そう見えた、間一髪のタイミングでそれは来た。

 女性に届く寸前の強盗の手を、何か細くて鋭いものが、貫いたのだ。


「ぎゃああああぁ……っ」


 強盗が悲鳴を上げてのけ反る。


(……針?)


 手に突き刺さったそれは、日の光をきらりと反射して光る、針のように細い氷の塊だった。


「大丈夫か!」


 声とともに逃げそびれた女性の前には濃い青色の軍服のようなコートを翻して一人の青年が躍り出た。

 空色の長髪を一つに束ねて肩に流し、整った顔立ちをした細身の青年である。

 一見優男だが、切れ長の瞳で鋭く強盗を睨んで剣を構える姿は、凜として戦う者の風格を纏っていた。


「てめぇっ」


 手の痛みから立ち直った強盗が空色の髪の青年に飛びかかる。

 それを小さな動きだけで流すと、強盗が飛びかかってきたその勢いを利用して青年は男の肩に軽く切りつけた。


「ただじゃおかねぇ! 殺す! 殺してやる!!」

「残念ながら、もう終わりだ」


 切りつけられていきり立った強盗に、しかし青年は慌てるでもなくそう静かに告げる。

 その途端、切りつけられた傷口から、真っ白い霜のようなものが一気に広がり、みるみるうちに強盗の半身は氷に覆われて身動きが取れなくなってしまった。

 半身が凍ったことでバランスが取れなくなったのか、強盗の顔は驚きで目を見張ったまま、棒のように横倒しに倒れる。

 地に伏したまま、無事な片方の手足を使ってなんとか起き上がろうともがくが、凍り付いた側はびくとも動かず硬直していて、それは叶わなかった。

 青年はついでと言わんばかりにその頭に軽く一撃を入れて、昏倒させる。

 強盗は白目をむいて、身動きを止めた。


「大丈夫かい?」


 その姿を見届けてから、青年は女性に向き直ると、爽やかな笑顔で手を差し伸べた。


「あの、ありがとうございます。……でも、他にも」


 ちらり、と女性はまだ捕らえられていない残りの3人の強盗を気にするように視線を周囲に向けた。

 しかし、青年はそれに「大丈夫」と笑顔で応じる。周囲から派手な打撃音が起きたのは、それとほぼ同時だった。

 仲間を助けようとした者や、走り去ろうとした者、店に立てこもろうとした者など、それぞれの強盗が3人の男達によって、殴り倒され、切りつけられ、縛られて確保された。

 5人いた強盗達は、全員地面に倒れ伏したのだ。

 青髪の青年は、きょとん、と目を見張って驚いている女性に、にっこりと再び笑いかけた。


「我々青鷲団が来たからには、この街での狼藉は許しませんよ」


 それは晴れた春の青空のように爽やかな笑顔だった。

 そこでようやっと身の安全が確保されたことを理解した女性が、ほっと胸をなで下ろすのと同時に、青年がなかなかのイケメンであることに唐突に気づいたのか、うっとりと瞳を潤ませて「ありがとうございます!」と先ほどよりもワントーン高い声で礼を言った。


 そのままぎゅっ、と青年の手を熱く握りしめる。

 その瞳にも、声にも、ハートが跳んでいるかのような幻が、莉々子には見えた。

 青年にもその幻が見えたのか、先ほどよりも若干引きつった笑顔で「あ、ええ、無事で何より……」と少し身を離した。しかし、その握られた手は、女性が立ち上がった後も離されない。


「ええーと……」

「あの、もし良ければ、お礼をさせてください!」

「いや、僕は、自警団として当然の行動をしただけで……」

「命が救われたのは本当なんです! ぜひ、お礼を!」


 “お礼”だけではなさそうな女性の食いつき具合に、青年はたじたじと後ずさった。そのままきょろきょろと気まずげに周囲を見渡すが、同じ青鷲団のメンバーと思わしき3人は、にやにやと笑って強盗達を縛り上げるのみで、助けるつもりは毛頭ないらしい。

 しかし、捨てる神あれば拾う神あり、だ。


「だ、団長達~、待ってくださ~い!」


 情けない声を上げながらぽてぽてとかけてくる少年の形をして、その助けは訪れた。


「え、エンゾ! 今来たのか、遅かったじゃないか!」


 すぐさまその呼びかけに青年は飛びつくと、ぱっ、と女性の手を振り払った。

 そのままいそいそと少年の元へと向かう。


「す、すいませ~ん」


 エンゾと呼ばれた少年は、くりくりと丸まった栗毛を揺らしながら、しおらしく頭を下げた。


「家の手伝いで遅れてしまって……」

「いや、むしろ遅れてきてくれて助かった。素晴らしいタイミングで来てくれた」

「えっ?」

「いやいや、こっちの話だ」


 きょとん、とするエンゾ少年にごほん、と咳払いを一つして誤魔化すと、青年は強盗達を移動させるために縄で縛っていた他の3人に「撤収!」と良く通る声で号令をかけた。

 どうやら、青年が“青鷲団”とやらのリーダーらしい。

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