第30話
しかし、まさか、こんな場面でぶっ込まれるとは完全に想定外だった。
(使うタイミングなど、いままでたくさんあったはずなのに……)
なぜ、今、この時だったのか。
(強盗を捕らえさせるだなんて、なんでわざわざそんなことを……)
莉々子の能力を試したかったのか?
否、ユーゴには定期的に報告を行っており、莉々子の魔法についても知っているはずだ。
この『服従の首輪』は本来なら違法なもので、いくらリボンで隠しているとはいえ、人目のある中での使用は極力控えるべきもののはずだ。
それをこんなに目立つ衆人環視の中で、わざわざ使用するなどというリスクを冒したのは何故だ。
強盗の男がユーゴに剣を弾かれて逃げ出した時、ユーゴはわざとその場では捕らえず、見逃したように莉々子には見えた。
つまり、本来なら捕らえられた者をわざわざ見逃し、わざと命令で莉々子に捕らえさせたのだ。
見せしめのためだけならば、もっと、簡易なもので良かったはずだ。
どんなに簡単な命令でも、その命令に逆らえなかった時点で、莉々子は首輪の効力を思い知ったことだろう。
わざわざ、強盗を捕らえるだなんてあらゆる意味でリスクの高いことをただの“見せしめ”に利用する必要などはない。
(いや、逆か……?)
だからこそ、このタイミングで命令したのか。
(私に、人を傷つけさせるために)
平和な日本で過ごした莉々子には、強盗に遭遇した経験などは、もちろん、ない。
殴り合いの喧嘩をしたこともなければ、格闘技を習ったこともない。
せいぜいが、中学生の時に授業で習わせられた柔道ぐらいしか接したことがないのだ。それすらも受け身がほとんどで、畳をごろごろと転がっていたくらいだ。
そのことを、ユーゴはおそらく察している。
莉々子のわずかに話した情報と、普段の振る舞いから。
『従兄の暗殺』の選択肢を避けたことからも察せられたのかも知れない。
だから、人に立ち向かわせることを、暴力に突っ込んでいくことを、今、させた。
莉々子に、暴力の経験を積ませるために。
莉々子が恐れることに、その意思すら無視して立ち向かわせることが出来るのだと、その身に刻み込むために。
『首輪』の能力を、痛烈に思い知らせる意味も含めて。
「……うっ、」
胃から熱いものが込み上がってきて、気がついたら莉々子は戻していた。
地面に朝食をすべて嘔吐して、それでも収まらず胃液を吐く。
強烈に、不快だった。
強盗に立ち向かった恐怖も、強制的に思考を乗っ取られたことも、ユーゴの思惑も。
すべてがごちゃ混ぜになって、莉々子の心を軋ませる。
「大丈夫か、リリィ」
まるで姉を気遣う弟のように、寄り添う様にも吐き気が増した。
(おまえのせいだろうが……!)
吐き出したくても吐き出せない言葉が、更に心に負荷を掛けて、代わりと言わんばかりに莉々子は胃液を吐き出した。
喉が胃液にやられて焼ける感覚に、咳がごほ、ごほ、とひどい音を立てる。
その様にユーゴもさすがに思うところがあったのか、声を低めると「落ち着け、リリィ」と耳元で囁く。
「貴様のことはそう簡単に使い潰すつもりはない。落ち着け」
今すぐは殺されないという安堵と、身体を縛られる怒りとで、泣きわめきたいのをこらえるので必死だった。
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